第3話

見習いを初めて20ヶ月ほどが経ったが、まだゴンドラは真新しい。手入れをしているから綺麗というのとは別で、年季が入っていないのが一目で分かる。ボロくすればいいというわけではない。だが、師匠のゴンドラには、なんというのか、深みが違う。それは色の褪せ方といった見た目だけではないなにかを毎回感じていた。俺のはなんというか、軽さが……なぜか俺のゴンドラが揺らいでいる。水面に揺れはない。波が荒れているわけではない。ゴンドラ自体が揺れている。ゴンドラから、黒いものが浮かび上がった。

「はあ?!」

 思わず声を上げた。よく見るとそれは人間の頭だった。そして俺のゴンドラから短髪の黒い髪が出てきたと思ったら、俺と目があった。小学校になりたてくらいだろうか、小柄な男子。じっと俺を見つめている。目が綺麗なガキだと思ったのが第一印象だった。年よりもしっかりしてそうに見えるのは、その目に力を感じたからだ。

「船に乗せてください」

 聞き覚えのある声。さっきの電話の子供の声。

「電話したのはお前か」

「お前じゃないです。客です」

「……」

 メンドウなガキだ。

「名前は?」

「アキラ」

「アキラ、俺は客を乗せられないんだ」

「さっき電話で言ってましたね」

 そう言いながら、アキラはポケットからスマートフォンを出した。キャラクターのシールを貼ったりしているあたり、自前か。この年で。俺がガキの頃に周りに自分の金で持っていた奴なんて一人もいない。持っていたとしたら、どこかで盗んだか、違法に改造された携帯電話くらいだ。小綺麗な服装といい、おそらくホームの富裕層の旅行者一家の子供だろう。この水の都、ヌエボベネティアは屈指の観光地ゆえに、ホームの富裕層にも人気がある。家族連れも珍しくない。

「親はどこだ?」

「中心街で買い物をしています。暇なので乗せてください」

「暇つぶしかよ。だから客は乗せれねえんだって」

「じゃあ友達になってください」

 ホーム時代の連れが使う常套句みたいな言い方しやがるガキだ。やはり、年よりも早熟な印象。

「そういう話じゃねえんだよ」

「人さらいって叫びますよ?」

 本当にホーム自体のタチの悪いつながりを思い出すやりとりだった。

「お兄さん悪そうですし」

「なんて言われようだ」

 ゴンドラ乗りとしてかなり痛いことを言われている気がした。今後実際に客を乗せるときにそんなことを思われるとよくない。会社のイメージにも響く。といっても師匠もそんなクリーンな印象かと言われればぜんぜんそんなことはないが。

「乗せるんですか? 乗せないんですか?」

 挙句に脅迫してきやがった。

「メンドくせえな……」

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