第2話

「ああ、すいません。アーロンは本日もう予約が埋まっておりますので。ええ、またの機会にお願いします」

 客からの電話応対を終え、椅子から立ち上がる。師匠はこの水の都のゴンドラ乗りとして有名人ゆえに、客足が途絶えることはない。だから当日に師匠のゴンドラを予約することなんて不可能だ。それでも師匠のことを知って乗りたくなる気持ちはわかる。俺だってそうだった。ゴンドラの操縦なんてだれでも一緒だと思っていた自分を思い出すと、今でも恥ずかしくなる。だからこうやって師匠の弟子になったのだから。

「早く一人前になれりゃあ、師匠の手伝いくらいできるんだけどな」

 猫の社長の頭を撫でながら、会社に貢献できていない現状の自分を愚痴る。そう思っていたらまた電話が鳴った。今日は朝から不必要な電話も込みでやけに電話が鳴る。

「はい、アリアカンパニーです」

「あの、アーロンさんの船に乗りたいんですが」

 やけに若い、というより幼い声。

「すいません、アーロンの予約は本日いっぱいなんです」

 子供相手とはいえ、客には変わりがない。一応丁寧な対応をする。それも一流のゴンドラ乗りになるためには必要だと、師匠は真剣に言っていた。だれかの言うことを真面目にまともに聞くなんて、ホームにいた頃の俺にはこれも考えられないことだった。

「そうですか。じゃあ、あなたでいいです」

「いや、俺はダメなんですよ。見習いは客を乗せられなくて」

「わかりました」

 短い言葉の後、電話は一方的に切れた。親に頼まれてかけたといったところだろう。あまりにも幼い声だったからだ。それにしてはしっかりとした話し方だった。

 だが、見習い期間中は客を乗せることはできない。しかも、乗せられたところでいまの俺じゃあ師匠の足元にも及ばない。せっかくこの街に来たのなら、水の都ならではのいい記憶を客に残してやりたい。そのためにはもっと練習する必要がある。焦ってはいけない。だが師匠と比べると、どうしても気持ちが実力に追いつかない。

「ふう」

 深呼吸をして、意識を整える。そう思うなら、とにかく練習だ。その積み重ねの先に、俺の求めるゴンドラ乗りの理想像があるのだから。

「じゃあ社長、練習行ってきますわ」

 分かっているのか分かっていないのか、頭をかきながらこっちを見つめる社長に片手を上げ、事務所を出て建物に併設したゴンドラ乗り場へと向かった。

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