1000

 家に帰ると、二階に上がる前にリビングへ寄る。

 ソファでぐうたらしている母さんをよそに、冷蔵庫を開けて、ブルーベリーのパックジュースを取り出した。


「ちょっとぉ、ケイスケ。最近、夜中に何やってんの。うるさいよ」

「配信」

「そんなくだらない事やめなさいって。近所迷惑になったらどうすんの」

「くだらないって事はないでしょ。配信は億万長者だって、いるんだぜ」

「一握りだけよ」


 親はいつだって分かっちゃくれない。


「配信したがるのは、ただのバカよ」


 小言を聞きたくないので、オレはジュースを出しっぱなしにして、二階へ上がる。


 *


 部屋にきたオレは、カバンをベッドの上に放り投げた。


「うるせぇんだよ。くそ」


 配信をやってる理由?

 みんながやってるからだ。

 みんなが配信やってるってことは、便乗すりゃ、いつかは誰かが見てくれるだろう。


 配信をすれば、金が入る。

 テレビの取材だって受けるかもしれない。

 小説にすれば、爆発的な人気になる。


 配信は金の生る木だ。

 だったら、やるしかないでしょ。


 極めて不純な動機で、オレは今日も配信開始のボタンを押した。


「……ん?」


 押した直後に、視聴者数が1000になっていた。

 見間違いかと思い、数字を確認する。

 けれど、やっぱ桁がいつもと違う。


 夢でも見てるんじゃないか。

 ワクワクしながらオレは、「どうも!」と元気よく挨拶をする。


 しかし、返ってきたのは、こんな返事だった。


『早くしろ』


 ぶっちゃけ、ちょっと引いた。

 つか、ドキッとした。

 何でそんなに急かされてるのか、オレには全く分からない。


 だって、今まで見てもいなかった人間が急かしてくるのだ。

 馴れ馴れしい口調なのは、ネットじゃ珍しくないけど。

 言い方がきついと、こっちだって「は?」となる。


「え、えー……と」


 その時、オレは気づいた。

 いざ、配信をやったって、オレが普段しているのは雑談。

 急かされるほど、何かを持っている訳じゃない。


『まだぁ?』


 画面の向こうには、配信している自分の姿が映っている。

 斜め下をジッと見て、固まっていた。

 オレの首辺りには、窓が映っており、向かいの家が見えた。


『つまんな』


 耐え切れず、オレは配信終了のボタンを押した。

 たったの数秒だ。

 オレが動画サイトで顔を晒したのは、ほんのわずかな時間。


 なのに、頭皮や額からは、汗がダラダラと噴き出していた。


「な、なんだよ。……くそ。意味分かんねえ」


 パソコンを閉じる。

 風呂に入ろうと思い、オレは一階へ下りて行った。

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