綺麗な花には

 放課後になると、オレはやる事がないので、さっさと帰り支度を済ませる。


 一分一秒でも、学校から帰って、誰も見ていない配信をやりたかった。


「やーまーだーくんっ」


 名前を呼ばれ、顔を上げる。

 机の横で、福永が後ろ手を組んで、にっと笑った。


「一緒帰ろっ」

「やだよ」

「えーっ。どしてよぉ」


 学年一の美少女に声を掛けられ、ドキドキする気持ちはあった。

 だが、それ以上に、意味が分からなかった。


 あれだけ他の女子と一緒になって、オレを馬鹿にしていた福永だ。

 なのに、一緒に下校をしようと誘ってくることが、「どういう神経してんだよ」と、少しだけ怒りを覚える。


「オレ、……忙しいから」


 カバンを持って、教室を出る。

 数歩歩いた先で、後ろからパタパタと小走りで寄ってくる足音が聞こえた。


 首だけで振り向くと、ニコニコ笑った福永がいた。


「何か用事あるの?」

「……色々と」

「ふーん。ひょっとしてぇ」


 歯を見せて笑い、


とかぁ?」


 上体を傾け、からかうように言った。

 一瞬だけ、言ってる意味が分からず、オレは思考が止まる。


「だとしたら、あはは。才能ないから、やめなよぉ」


 ヘラヘラと笑って、心ない言葉を浴びせてくるのだ。

 そう。こいつは、こういう奴なのだ。

 キレる男子だっているが、次の日には許している。


 女子を泣かせても、イジメに遭わない。


 本当に、不思議な奴なのだ。

 だが、オレはさすがにイラっときて、「別に配信なんかしてねえよ」と、強い口調で突き放した。


「待ってよぉ」

「ついてくんな!」


 ――冷静に考える暇を与えてくれなかった。


 信じられないかもしれないけど、オレは福永と話した事がなかった。

 本来なら、もっとドキドキしているし、顔が熱くなるのを堪えるのに必死だ。


 けれども、オレが赤面して動けなくなる、なんて事にならないのは、全部こいつの性格のせいだろう。


 ズケズケと物を言ってくるのだから、耳が痛いなんてものじゃない。

 もっと拒絶の言葉を吐いてやろうか。


 そんな事を考えて振り向くと、すぐ後ろには福永が立っている。


 人形のような精巧に整った顔立ち。

 近くに立てば、ふんわりと良い香りがした。

 ややキツめの目の形だって、愛嬌がある。


 ピンク色の薄い唇が動いた。


「……キモ。ふふふ」


 オレは何も言わずに、生徒玄関に向かった。

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