ヤドリギ~偽りの幸せ~
桔梗 浬
不実の告白
「なんだ?」
俺は酔っ払っていた。夜中の2時を少し回った頃だったから、家の電気が全部消えていることはそんなに気にならなかった。でも…。
なんだ?この違和感…。部屋の明かりをつけて、部屋をもう一度見渡してみる。
何かがおかしい。嫁の
実家に帰るって言ってたかな?出かけるって言ってたかな?
俺はひたすら考える。でもそんな話をした記憶はないのだ。
「
名前を呼んでみる。名前を呼ぶのも久しぶりだ。お互い”ねぇ〜。”とか、”おい”とか、"パパ"とか"ママ"、そんなんだったな、とふと思う。
ベッドルームに行くといつも通り整えられたベッドが置かれている。もちろん、
娘の部屋に行ってみる。そこで違和感の全貌を理解した。ここにあるべきものがないのだ。由貴の買ったばかりの勉強机、ベッド、おもちゃ、洋服…。全てがない。もぬけの殻なのだ。
「なんでよ?」
俺は声を出していた。どうなってる?何が起きてる?酔っ払った頭をフル回転させて考える。由貴は4歳になったばかり。めちゃくちゃ可愛い年頃だ。4歳になったからお姉さんになる予行練習を始めたのだ。
でも一人ではまだ眠れないといい、俺たちのベッドに忍び込んでくる。そんな時、必ず持っていた大好きなぬいぐるみも、どこにもない。
「出てったのか?」
猛烈な
いつかこんな日がくるんだろうなって思ってたから。イヤ…むしろ期待してたのかも知れない。
興味がなかったと言えば嘘になる。
その
当時、俺には学生時代から付き合ってた子がいたし、それなりにふんわり未来を考え始めていたんだ。そろそろ男としてのケジメを…って。
でもその気もちはあの日、そうあの日に違う方向に向いた。俺のケジメのベクトルは、全く違う方向へ傾いたのだ。
「赤ちゃんが、出来たの。」
あの飲み会の夜、俺は
そんな曖昧な関係からスタートした俺たちだったけど、
「俺と家族になってください。」
俺に迷いはなかった。
そう…あの日までは。
何でこんなことが起きたんだろう。こんな事ってテレビドラマとか小説の中の話だけじゃなかったのか?
俺は何もないソファーにどかっと座り、考える。テレビもない…ソファーとローテーブルだけが置かれた場所で。
あれは…半年ほど前の事。
由貴が滑り台から落ちて怪我をした。頭から血を流して。だから慌てて救急車を呼んだことがあった。
命には別状がなかったけど、ちょっと大掛かりな手術もしたんだ。
その時俺にとって、大きな事件がおきた。ベッドに書かれた文字、西崎 由貴 AB型。
母さんも、お義母さんも、俺たちもバタバタしてた。でも俺はこの時知ってしまったんだ。
俺はO型だ。多分、母さんも気づいただろう。
それから俺は、あんなに可愛がっていた由貴に100%の愛情を注げられなくなってしまった。
かわいくて、愛おしいとは思う。でも何かが違うのだ。
そして、一番俺が変わったのは
あいつが作る料理も何もかも…。
俺はクズだ。血の繋がりがないと分かったとたん、全てをリセットしたくなったんだ。
でもそのモヤモヤした気持ちを
仕事を言い訳にして。
『パパ!』って呼ばれることも苦しかったんだ。
「俺が何をした?今まで通りの生活を君にさせてきたよね?」
俺は怒りが湧いてきた。何も言わず出ていった
でも半分は、これで俺はリセットできるのか?という安堵の気持ちがあるのも事実だった。
冷静に考えてみる。がらんとした由貴の部屋。寂しさが、急に襲ってくる。もう二度とあの時のような幸せな時間は訪れないだろう。
あの小さな手は、俺の指をしっかりと握りしめてた。柔らかくて、暖かくて甘えん坊な由貴。
「何も…何もしなかった俺が悪いのか…?」
怒りにも似た感情が腹のそこから沸き立ってくる。
「お前は俺を裏切り続けてたのか、と問いただせば良かったのか? そう思うこと事態、俺の人間としての器が小さいってことを、お前の前で認めれば良かったのか?」
気付いたら俺は涙を流しながら、ソファーで眠っていた。こんな時でも人は眠れるのだ。
翌朝、俺は
くそっ。俺が何をしたって言うんだ?
そして何日か過ぎ、何もない生活を受け入れ始めた頃、急に
俺は電話に出ることさえためらった。一体何を今更話せばいいのだろう。行くな、帰って来てくれ?そう言えばいいのだろうか。
イヤ…そうなって欲しいと、望んでいない自分がいる。
じゃぁ、別れよう?
それも何か違う気がする。わからない。気持ちに整理なんかつきやしない。
『もしもし…
「あ、あぁ。」
彼女はしっかりと、迷いのない声をしていた。いつもの
『お願いがあるの。離婚届送ったので、都合の良い時に届けを出して欲しいの。』
「えっ? わけわかんないんだけど。電話で話すこと?(いきなり本題かよ。)」
『メールよりいいと思ったんだけど…。』
『もう…話すことはないかな?
事務的な声が聞こえてくる。
「ごめんね。とか、今までありがとうとかないの?」
『あなたこそ、由貴の事や、私の事聞かないのね。』
「…。」
俺は何も言い返せなかった。
知ってしまったら、また手をさしのべたくなるかもしれない。そして帰ってきてくれって言ってしまうかもしれない。だって、この時代母子家庭で子どもを育てるのは厳しいだろう。俺の子じゃないけど…。
『私たち、いつもそう。相手の事を思いやっているふりをして、自分の事ばかり考えてた。私たちの間には、何もなかったの。今は、そう思ってる。だから別れるの。これ以上あなたが重荷を背負うことはないわ。それがいいでしょ?』
俺は言葉につまる。
そして俺は…。何を望んでいるのか…。
「
『いつもそうだね。まるでそこに自分の意志なんてないみたいな言い方。』
何なんだよ。俺にどうしろって言うんだよ!怒りがふつふつと湧いてくる。もうやり直せないし、やり直したくもない。きっとこれが本音。
ただ、人としてそれが正しい行為なの?と問われれば、路頭に迷うかもしれない
そして俺は、ちっぽけな自分に腹が立つ。
「生活…していけるのかよ?」
あぁ、語尾に気持ちが表れちまった。俺から離れたら、生活できないんじゃないのか?って。何様だ?俺。こんな自分にも腹が立つ。
『へぇ~。心配してくれるんだ。意外。』
「なんだよ。」
『大丈夫。必要なものは持ってきたから。それと、お金の事とか揉めるのも嫌だから、離婚届を出すことで終わりにしましょう。それだけでいいから。』
俺が慰謝料貰いたいくらいだ!って思ったけど、何もしてこなかった俺にも非があるんだろう。立場が変われば解釈も変わるのだから。
俺は、分かったと言って電話を切った。この電話と、紙切れ一枚で俺たちは終わる。
その後、風の噂で
あぁ~そうか。
なぜ、俺が選ばれたのかわからないけど、俺が
俺はそう思うことで心が軽くなった。俺たちの間に、愛があったのかはもう確かめようがない。俺には少なからず情は存在していた。だから
そして…俺の手元には高額なクレジット払いの請求書が届いた。それは、300万を越えている。家族カードを使ったんだな。今月だけで済むとは…考えがたいが、仕方ない。
あいつは俺の収入を知ってる。だいぶ前からコツコツ準備をしていたんだろう。由貴の勉強机だって、ベッドだってまだ用意するには早かったんだ。
高い勉強料だ。仕方ない。綺麗に別れるためだ。
女って賢い生き物なのかもしれない。俺は尊敬の気持ちすら沸き上がっていた。
END
ヤドリギ~偽りの幸せ~ 桔梗 浬 @hareruya0126
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