第六話「流刑者」
夢を見ていた。
懐かしい記憶。
一秒たりとも思い出したくない思い出だったが、夢に出てしまえば避けて通れなかった。
気が滅入るほどの暑い夏の日。
まるで滝のような汗をかき、水筒の水を浴びるように飲んでいた。
子供は大人と比べて身長が小さく、地面と距離が近くなる。
そのため、大人より暑さをより感じるんだ。
ここは裏山だし、太陽により近くなっていることももしかしたら原因かもしれない。
まあ数十メートルしか変わらないが。
そんな暑さに嫌気が差し、友達の何人かは帰ってしまってただろうか。
宿題を終わらせないと、家の手伝いをしないと、塾に行かないと。
つまらない理由でこの夏休みを棒に振る奴らがあまりにも多すぎる。
小学生は外で遊んでなんぼだろ。
……ただ友達が帰ってしまえば俺の遊び相手がいなくなるということだ。
流石に俺もこの暑さにはうんざりしてきたかもしれない。
くそ、帽子くらいは持ってくべきだった。
外で遊んでなんぼとは言ったものだが、クーラーのかかった涼しい自宅でゲームをするのもそれもまた一興だろう。
俺もそろそろ帰るとしようか。
えー! コータももう帰っちゃうの!?
あぁ、うん。
みんな帰っちゃったし俺も帰ろうかなって。
じゃあ最後にさ、鬼ごっこやろうよ!
鬼ごっこって……俺ら二人しかいないじゃん。
それってただの追いかけっこじゃね?
ていうかこんな暑い中走り回ったら死んじまうぞ。
え〜? それって自分が負けちゃうからやりたくないだけなんじゃないの〜?
なんだと?
別にそういうわけじゃないだろ。
俺は明日の夏祭りに向けて体力温存してんだよ。
今ヘトヘトになったらもたねえって。
コータがそうやって逃げるのって珍しいよね。負けず嫌いのくせに。
……逃げてねえよ。
お前から逃げてなんて、そんな訳ないだろ。
やったら俺が絶対勝つんだ。
結果が分かりきってる戦いにわざわざ付き合う義理はない。
いや、コータは逃げてる。
何にだよ!
さっきから分かりきったような口ぶりで!
俺がお前の何から逃げてるって言ってんだよ!?
お前の何から…………。
死ぬことは逃げじゃないの?
……え?
じゃあ私を殺したのもこの世界から逃すためなの?
……何言ってんだ?
はは、暑さで頭おかしくなったか。
お前を殺したって、そりゃお前、わざとじゃねえし……。
この世界から逃すためだなんて――
私はこの世界に戻りたいよ。お母さんもお父さんも友達もいるこの世界に。
でもコータはそれが嫌みたいだね。
……嫌じゃねえよ。
何が嫌でお前を殺すなんて、そんなこと……。
俺自身が一番俺のことを嫌だと思ってる。
何やっても裏目に出て、思い通りに事は進まない。
逃げたくなかったのに、周りはそれを許さなかった。
どうにか俺を逃そうと、死んだ人より生きている人を、って。
だから俺は死んだんだ!
望まない結果を出し続ける自分自身に嫌気が差して、俺は自殺した!
俺は"美咲"を殺そうだなんて思ったことは一度もない!
全部、全部何もかもが上手くいかないんだよ。
生まれ変わった今だって、何も上手くなんて――
*
「ああぁっ!!」
悪夢から目覚めた俺はベッドの上で跳び上がるようにして起きた。
胸が苦しくなるほど鼓動は早く、留まることを知らない。
生きている心地がしない。
右手を心臓の位置に置いて、無理やり深呼吸する。
息を吸って……息を吐く……。
動悸が徐々におさまっていくのを感じ、何とか落ち着けた。
寝汗は首から背中まで及び、寝起きの気分としては過去最低を記録したと言ってもいい。
一応枕を確認してみたが、茶色の髪の毛一本だけがあっただけだった。
流石に十歳の少年はストレスで抜け毛は引き起こさないようだ。
でも前世の俺は十六歳にして後頭部やらは既に怪しくなっていた。
ストレスが原因だろうが、父親の方がもしかしたら薄いのかもしれない。
真相は母親だけが知っている。
……まあそんなことはどうでもいいのだが。
勘当を言い渡されてから早一ヶ月。
俺は今日をもってルクス王国から旅立つことになった。
旅と言えば聞こえはいいのだが、いわゆる島流しと言っても過言じゃない。
王位は無事魔術が使える妹に継承されて、俺はお払い箱である。
レオンハート家に泥を塗ったのだから、仕方のないことなのだろう。
色々あって思い出もやり残したこともない故郷となってしまったが、もう二度と戻ってくることは無いだろう。
ベッドから出て、寝巻きから洋服に着替える。
起きてこうやって服が用意されているのも今日が最後である。
勘当されたとはいえ、今日王国を出るまでは王族として扱われる。
フィリウス・レオンハートとしていられるのはこの城にいる時だけということだ。
袖に腕を通し、ベルトを締め、鏡を見て身なりを整える。
自分で言うのはなんだが、やはり俺は顔が整っている。
母親譲りのパーツがほとんどだ。
唯一違うのは髪の色。
父親が茶髪なのだろうが、これまた会ったことがないので分からない。
父親はどうやら二年前に死んだらしい。
外交先で暗殺されたとか何とか言われているが、息子の俺ですら知らないのだから複雑な何かが動いたのだろうとしか思わないし、それ以上何も思わない。
死体も発見されていないようだし、俺からは何も言えない。
これで原因でルクス王国が没落しようがもう俺には関係ないことだし。
いや、申し訳ないとは思っている。
間違いなく俺という存在がこの世界を狂わせたと思う。
だが俺は元々王位を継ぐつもりはなかったし、ある程度成長したら国を出て行ってやろうと思っていた。
ただその目的が計画より早まり、後味が悪くなっただけなのである。
こうなってしまった以上、もう後悔のない人生を生き抜けるよう未来を見るしかないと、俺はそう思う。
……ドンピシャのタイミングであんな夢見ちゃったか。
忘れようと思っていても脳裏から離れることはない。
人の屍背負って生きていることは忘れてはいけない。
"有馬美咲"、お前は――
――コンコン、ガチャ。
扉が開く音がしたので振り向くと、カレンが立っていた。
彼女はロングスカートの裾を持ち、膝を軽く曲げて一礼する。
そこに言葉は無い。
"呪語"の一件を境に、彼女は人が変わった。
三年の療養期間を経て、復帰してから約二年が経過する。
結局、療養期間中に彼女の症状が完治する事はなかった。
俺のせいだ。
朝の挨拶。
まあ、それだけ。
顔は合わせてくれないのだが、毎朝来てくれるだけ嬉しい。
「あ、あぁカレン、おはよう。もう準備できたから今行くよ」
……ということは、もう来たか。
どうやら俺はとある冒険者に引き取られるらしい。
それが流刑先だということだ。
名の知れた冒険者だと聞かされているが詳細は不明。
そいつのもとに引き取られることになった経緯も不明。
名の知れたって、悪名じゃないだろうな。
魔術が使えない王家の血筋に興味を示す冒険者って時点で既に怪しい。
目的は皆目見当がつかない。
ただ俺はそんな奴のもとにでも行かないと生きることさえ許されない。
女性とは言ってたっけか。
名前は確か……なんだっけ――
*
「アルマ・ハイランドだ。これから宜しく頼む」
「え……アリマですか?」
「……? いや、私はアルマだ」
「あっ……よろしくお願いします」
微笑むアルマ。戸惑うフィリウス。
交わるはずのなかった彼らの物語は、この日をもって幕を開けた。
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