第五話「訪問者」

――ルクス王国


 北方大陸最大の王国。

 最大と言っても、単に領地の面積に限った話ではない。

 他国が恐れ慄く最たる所以は、その血筋の存在である。


 王族・レオンハート家。

 第二次聖魔大戦時から、魔族の血を引く魔人族としてこの地を治めてきた。

 魔術の力によって枯れ果てた極寒の土地に恵みを与え、路頭に迷う人族たちを導き、大戦後のムンダスを支えた貢献者として讃えられてきた。


 初代当主、アスカヴァル・レオンハート。

 人族と魔族との間に"魔人族"が初めて生まれた例である。

 混血という概念もこれが初めてであり、アスカヴァルは時代の先駆者となった。


 純人族では扱えきれなかった強大な魔術を彼は自在に操る事ができ、四大魔術の最高位魔術――麟級りんきゅう魔術までをも完璧に会得していた。

 継承を重ねていくごとに魔族の血が薄れていくとはいえ、二年前に亡くなった二十三代当主、フィング・レオンハートは麟級の下位互換である玄級げんきゅう魔術まで会得していた。


 非の打ち所がないようにも見えるが、そんなレオンハート家も一つ弱点が存在する。

 

 陽の光である。


 魔族の血を引いていると言ったが、その系統は地下迷宮の原生魔族を原点としている。

 そのため、朝から昼にかけての時間帯、陽の光が当たっている状態などは一時的に体調や能力に何かしらの変化や異常が起きる。

 フィングを例に挙げると、彼は陽が昇っている間は下から四段階目の青級せいきゅう魔術までしか使用できなくなり、魔力の回復も大幅に遅くなる。

 陽が昇っている時間が他の大陸と比べて短い北方大陸を根城にしている理由は、きっとそういうことなのである。


 話は巻き戻る。


 現在、その王位はフィングの娘であるイオネス・レオンハートに継承されている。

 ただ彼女はまだ四歳という年齢であり、国の指揮は両大臣に任されている。

 しかし、それまでレオンハート家の者によって治められてきたのに対し、ここに来て血筋ではない大臣が指揮をとる事に混乱している国民も少なくないという。

 

 ただ、混乱を招いた原因はこれだけではなかった。


 フィリウス・レオンハート。

 彼はフィングの息子

 国民は誰もが彼が王位を継承するものだと思っていた。

 彼の生誕祭は盛大に行われ、街中では花火が飛び交い民衆は踊り狂い、後継者となるはずだった彼を国民は心から祝っていた。

 何も疑うことはなくずっとこの平穏が続くと、そう信じていた。


 フィングの死亡。フィリウスの勘当。イオネスへの王位継承。

 約一千年間揺るぐ事のなかったルクス王国の体制は、静かでありながら音を立てて崩れている。


 ルクス王国の未来は、もはや誰にも予想出来ない。





 ここに一人の女がいる。

 しかしいわゆる女、と言うには似つかわしくないガタイを誇っている。

 スラっとした体型でありながら、ガシッとした体つきにも見える。

 そしてその大剣を背に携えるその姿は、性別をも凌駕して衝撃を与える。

 ただ、お腹は少し出ているように見えるだろうか。


 女は馬に乗り、地図を広げながら目的地に向かっている。

 地図、と言っても女が見ているのは大陸全体が写っているもので現在地や細かい位置は把握出来ない。

 そもそもムンダスは地理情報が発達しておらず、流通している地図も冒険者ギルドが冒険者から集めた真偽の不確かな情報の寄せ集めを刷っただけのものである。

 大陸の大きさや各国の領地などはほとんど正しく表記されていない。


 しかし女はなんとか目的地に辿り着いた。

 あの巨大な城が目印になったから良かったものの土地勘のない大陸で、ある特定の田舎町にでも向かうのは不可能だと肌で感じる。

 使い物にならないと悟ったのか、その場で地図をクシャクシャにして放り投げた。

 地図を貸してもらった仲間に怒られるのはまた後の話である。

 

 そして女は馬から降り、近くの木陰に連れていく。

 北方大陸とはいえ夏の日差しは人だろうが馬だろうが体力を削る。

 女はその場で土魔術と水魔術を詠唱し、器に溜まった水を飲むよう馬に促す。

 

 水分補給をする馬の首を撫でながら、女は呟いた。



 「呪語に耐性のある王家の血筋……か」



 聳える城を見つめ、女は覚悟を決める。

 緊張や期待や不安が入り混じりながらも、女はその一歩を踏み出す。


 銀色の長髪は迷うことなく前へと歩みを始めた。

 


 ……おっと、そういえばまだ女の名前を紹介していなかった。

 この女の名は――





 「アルマ・ハイランドだ。これから宜しく頼む」


 「え……アリマですか?」


 「……? いや、私はアルマだ」


 「あっ……よろしくお願いします」



 微笑むアルマ。戸惑うフィリウス。 


 交わるはずのなかった彼らの物語は、この日をもって幕を開けた。

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