第四話「呪われた才能 後編」
『ドリミニスは絶望した。これまで彼が成した事は結局この世界の平和へと帰結する事は無かった。むしろ、彼のやること成すことがこの結果を導いてしまったのかも知れない』
『彼は自分を呪う他無かった。自分の力で自分を殺す。この世界の呪いを解いてきた彼にとって、これがどれほど屈辱的なことかは計り知れない』
『自分自身が最後の"呪い"だったことに、彼は目を背けた』
*
五日が経過した。
いや、魔術が使えない事が判明してから五日が経過した。
俺はまるで病人のように一人、ベッドに寝転んでいる。
仰向けになりながら見る部屋の景色は無駄に煌びやかで、居心地の悪さすら感じる。
前までは綺麗としか思っていなかったが、人の都合というのは誠に勝手である。
この五日間は惰眠を貪り本を読み漁るという前世でやってた事と変わりない生活を送っている。
ただこの世界の小説はつまらない。
嗜好で読んでいるんじゃなくて、気を紛らわすためにやっていることに過ぎない。
何かをしていないと、このベッドの上でまた考えてしまう。
一体自分は何が出来る?
異世界に転生して勝手に舞い上がっていた自分がいたのは否定できない。
何を思い上がって、自分には才能があると信じていたのか。
でも流石に心にくる。
気絶から目覚めた時、部屋には誰も居なかった。
気絶した王子のそばに、誰も居なかった。
察した。
身に余るほどの孤独。
覚えたことのある感覚。
こんな俺は望まれていない。
*
「(……しょうもない本しか置いてないな)」
気を紛らわすために図書館に本を漁りにきたのはいいものの、既に読んでしまった本を除くともう興味の湧くものは置いていない。
剣術の指南書のようなものも見つけたが、あえて見ないことにした。
興味はあるが、興味で開いてしまうと痛い目に遭うと知っているからである。
しかし分かりきっていることだが、かれこれ二時間以上一人で行動しているにも関わらず使用人は俺を探しに来ない。
心置きなく本を漁れるという点ではメリットになり得るのかもしれないが、それが何を意味しているのかは考えたくはない。
もう俺は見限られてしまったということだ。
俺が魔術を使えないことが判明してから、城は騒がしくなった。
俺自身は蚊帳の外だし目に見えるものでもないのだが、騒然とした空気を肌で感じる。
魔術が使えないと分かった時、俺は落ち込んだ。
なんで落ち込んだのかって、小説の主人公のようになれないことが分かったからである。
チート能力が得られなかったことに、俺は絶望した。
でもこの数日間で俺は事の重大さを理解した。
魔術が使えないというのは、俺個人の問題だけでは済まなかった。
魔術が使えない俺は死んだも同然。
齢五歳にして、再び崖っぷちに立たされた。
……少し歩こう。
何かしてないとまた考えてしまう。
図書館もこの一角以外のところに何か手がかりがあるかも知れない。
というのも、気を紛らわすためにここにきたと言ったが、ちゃんと目的はある。
小説をアテにする訳ではないが、この世界には"呪い"というものが存在するらしい。
史実か作り話かの真偽は不明だが、読んだ本にそう書かれていた。
『ドリミニスの伝説』
特異な能力を持つ主人公、ドリミニス・ハイランド。
その能力というのは、"呪操"と呼ばれる能力。
読んで字の如く、呪いを操ることができる能力。
ドリミニスはその"呪操"を使い、ムンダスに蔓延る呪いを解くため、冒険者となり旅に出るというストーリー。
ちなみに"ムンダス"というのはこの異世界における"地球"や"世界"みたいなものだ。
物語前半まではいわゆるファンタジー小説みたいで面白かった。
"呪操"の設定は難解だったが、それに順応していくドリミニスの成長と合わせて作品の目玉の要素になっていた。
異世界によくある種族についてもここで知った。
ムンダスには人族・獣族・魔族・聖族という大きく四つの種族が存在する。
ドリミニスはパーティを組んでいて、そこには獣族の女剣士や魔族の戦士がいた。
細かく言えば種族は他にもいるらしいが、そこまで重要ではないだろう。
このように、前半まではただのムンダスを舞台とする物語でしかなかった。
しかし終盤にかけての物語のラスト、風向きが一気に変わった。
ドリミニスは最後の呪いを解くために――
「ん?」
図書館の中をぶらぶら歩いていると、
左手に本棚と本棚の間にある奥まった空間を見つけた。
雰囲気的には隠し部屋のようなのだが、がっつり開いている。
こんな部屋があったんだなと思うのと同時に、こんな部屋あったかと疑念が浮かぶ。
中は暗くて見えない。
一見すれば、ただの部屋である。
何でもないような光景なのかも知れない。
しかし俺は見てはいけないモノを見てしまった感覚に陥った。
部屋に対する疑念は、一瞬にして恐怖と興味に変わった。
入ってはいけないと本能的に感じる。
頭では分かっていても不思議と足は止まることを知らない。
父親の書斎に入るかのような気持ちで足を踏み入れる。
入ってみると部屋の高さは二メートルないくらい、広さは五畳といったところ。
身長一メートルちょっとしかない俺にとっては十分広いのかも知れないが、大人からすれば少し窮屈な部屋と言えるだろうか。
ただ、問題はそこではない。
この部屋で俺は真っ先に異様な雰囲気を感じた。
この目の前にある本棚。
高さと幅は部屋と同じでピッタリハマっている。
図書館の本棚はほとんどが俺の身長の五倍くらいの高さまであるのだが、この本棚は前世の俺の部屋にもあったような見た目をしている。
妙に親近感が湧くのだが……なんだ、何が理由だ?
俺の部屋にあるものと似てるとは言ったが、全く一緒というわけではない。
本棚……? いや、本自体が――
日本語で書かれている。
その本棚には日本語で書かれたいくつもの本が並んでいる。
日本……語?
あぁ、そうだ。俺は転生者である。
元の世界――日本で死に、今の世界――ムンダスにやってきた。
だから日本語は読めて当然だ。
当然なのだが。
……混乱している。
久しぶりに日本語を見たからというのもあるだろうが。
しかし有るはずが無いんだ、ムンダスにおいて日本語は。
ムンダスは共通の言語をどの種族でも一律で使用していると本に書かれていた。
現に図書館でも異なる言語で書かれた本は見たことがない。
何か、何かがおかしいと分かっている。
この刹那に思考は何回転もして、考えれば考えるほど鼓動が速くなっていった。
しかし俺はこの空間における"違和感"を理解できない。
俺は無意識のうちにそのうちの一冊の本を手に取っていた。
国語辞典ほどの分厚い本。
見た目はボロボロで、赤い表紙もところどころ白く欠けている。
そして俺は表紙の上側に書かれた本の題名に目を向けた。
日本語を見てこんなにも驚く時が来るのかと、そう思う。
俺の塞がらない口から、約五年のブランクを経て、題名を読み上げた。
『"坂爪晴哉"――上位種転生の記録――』
読み上げる事は出来た。
それと同時に、何か心を締め付けられる感触を覚える。
全く身に覚えのない日本人の名前、"上位種"という単語。
何を読み上げたのかもよく分からない。
『誰だよ……坂爪晴哉って』
心の中で思った事が日本語で口から出た。
そんなことはこれまで無かったが、一度日本語を言ってしまうと二言目も自然と日本語になってしまった。
しかしその瞬間、俺は見られていた。
背後から気配を感じ反射的に振り返る。
逆光でよく見えないな。
いや、あれはカレンだ。髪型で分かる。ボブカットがいつも整ってるんだ。
怒られてしまうかもしれない。
何故かいつもより表情も険しい。
この部屋について聞きたいこともあるしひとまずここは謝って――
「フィリウス王子……! ここに居ては……ダメです!」
どうしたカレン。
いつにも無く語気が強いのは気のせいだろうか。
まあ、カレンがそこまで言うのなら早く出よう。
こんな俺に構ってくれるのもカレンくらいしかいないのだからな。
いや、カレンがいるだけで俺は嬉しい。
来るのは遅かったが、今回も彼女は俺を心配して駆けつけてくれたのだろう。
ごめんなさいと、ありがとうを伝えなければならない。
当たり前の有り難みに気づけない奴は本当のクズだ。
「……ごめんなさいカレンさん、って――」
肩に衝撃が走ったのを気づいたと同時に、俺は謝罪の言葉を中断した。
彼女の右腕は俺の左肩の上にある。
左手は彼女自身の口を押さえている。
……え?
口を押さえている……?
カレン……?
「カレンさんどうしたんですか!?」
「いいから早くこの部屋から逃げて!」
俺の言葉を振り払うようにカレンは言い放った。
その時、彼女の口からは大量の血が出ていた。
彼女はまた苦しむ声を押し殺すようにして口を押さえる。
押さえていた手は、見るに堪えない赤褐色の血で染まっている。
吐血……? なんで……?
頭では分かっていても足が動かない。
なんでカレンは俺の心配をするんだ。
君の方が今すぐにでも死んでしまいそうじゃないか。
誰か、誰かに襲われでもしたのか。
「何してるんですか……!? 早くここから逃げないと……」
「何してるって……。カレンさんを置いていけないですよ!」
「ダメです……! フィリウス王子だけは……」
再び肩を強く掴まれる。
顔面が血まみれになりながらも、カレンは必死に訴えた。
何も知らない、無知で幼稚な俺に対して。
あぁ、文字通り俺は何も知らなかった。
「"呪語"に冒されるに前に早く逃げて……!」
その言葉を言い残し、倒れた彼女を目の前にしても、俺は動くことが出来なかった。
それでも彼女の吐血の流れは止まらない。
しかし、ただ一人俺の時間は止まっていた。
"呪語"に冒されない俺は、いつまでもそこに居られてしまった。
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