第三話「呪われた才能 前編」

 転生してから四年と約半年ほどが経過した。


 俺はフィリウス・レオンハート。

 ルクス王国国王の一人息子、由緒正しきレオンハート家の長男だという事が判明した。


 何を言っているんだと思うだろう。

 俺が一番思ってるから安心してほしい。


 

 生まれてから三歳くらいまで、俺は日を浴びなかった。

 箱入り娘、いや箱入り息子。言い換える必要もないが、まさにそんな感じ。

 最初は軟禁でもされてんのかと思ったが、従者たちにはそんな様子は感じられないし、これがこの世界の常識なのかと、とりあえず飲み込む事にした。

 自分が知らないだけで皮膚病かなんかを患ってる可能性もあるしな。


 しかし外の空気を吸えないというのは堪えるものがある。

 一日の半分以上は寝ていて関係ないとはいえ、『外』という概念を知っている俺からすれば結構なストレス。

 というか、子供に陽の光を浴びせないって健康面で問題大アリな気がするのだが。

 この世界について知らなければならない事も多いし、世界観を掴むのが最優先事項のはずが、俺が外の世界を知るのは少し先となってしまった。



 三歳半辺りで俺は初めて部屋を出た。

 しかし三年も部屋に閉じこもっていたなんて今考えたらかなり酷いな。

 前世でも一年が最高記録だった俺は少なくともそう思う。


 従者に連れられて城の中を回った。

 その時に初めて庭に出て、この世界の陽を初めて浴びた。

 庭は広くて草花は綺麗に咲き誇っていた。

 懐かしい感覚、でも新鮮な感覚だった気がする。

 でもその時は「『外』という概念を知った子供」を演じるのに必死だった。


 それと同時に城下町の存在も知った。

 城下町と聞くと江戸っぽく聞こえてしまうが、ここは予想していた通り中世ヨーロッパの町並に近い雰囲気のようだ。

 ほら、あそこには教会らしき建物もあるし。

 そして町の中心で十字に分かれて、その内の大きな一本道が城まで続いている。

 城は標高の高い場所に建てられているはずなのだが、それでも町全体は見渡せなかった。

 それほどデカいという事だろう。

 

 


 四歳になった俺は、もちろん歩行も可能となりこの世界の言語もある程度理解できるようになった。

 幼児期健忘の関係で三歳以前の記憶は曖昧……どころか体の中から抜けているレベルなのだが、ちゃんと明確な意思を持って覚えようとした事柄に関してはスッと頭に入ってきていて記憶出来ている。

 だから最近は人目を盗んで活字を読むことに勤しみ、この世界について色々学んでいる。

 そこから分かった事もあるが、それは後にしよう。


 まだこの国について分かった事は少ないが、やはり規模の大きい国だとは思う。

 俺は城の中をただの四歳児にしては見て回ったつもりだが、全体の十%にも満たないのではなかろうか。

 それだけ大きな城があるという事はその分だけ国の規模も大きいと考えて良いだろう。


 しかし見て回ったとは言ったが、俺もいわゆるこの国の王子という事で、城の中を一人で練り歩けたわけではなかった。

 今現在もお忍びでここにいるわけで――


 「フィリウス王子! こんなところにいらっしゃったのですか!」

 「ひっ……!」


 思わず振り返るとそこにはカレンがいた。

 少し息を切らした様子で多少怒りを露わにしている。


 ここは城の図書館のような場所の一角。

 俺はよくここに来て本を漁っているのだが、つい夢中になりすぎるとこうなってしまう。


「あぁもう、何度言えば分かっていただけるのでしょうか」

「ご、ごめんなさい。カレンさん……」

「……謝る必要はございません。私も少し強く言いすぎましたね。さあ、お部屋に戻りましょう」


 そう言って彼女は手を差し伸べ、俺はその手をとる。

 四歳児なんだから手を繋ぐのは当然なのだが、前世で女性とは無縁だった俺からすると未だに小っ恥ずかしい。


 彼女はカレン。城のメイドで俺の側近……いや、お世話係だ。

 歳はたしか十四って言ってたっけか。

 かなり若い……ってかほぼ子供だが、どうやらこの世界では十六歳で成人するらしい。

 そして年齢以上にしっかりしていて、顔立ちも凛々しい。

 王子の世話焼きに抜擢されるだけのモノは持っているのかもしれない。

 ただ胸は持ってないがな、と言おうと思ったが流石に俺もそこまで無粋じゃない。

 まあ、まだ伸び代しかないだろう。


 それでも、この歳の女の子が王族、ましてや直系の王子の世話するなんて前世の世界ではまずないだろう。

 異世界と言えど前世の世界との違いはあまり感じないしそもそもの違いも無いのだろうが、こういった『ズレ』は多少なりとも存在する。

 カレンがしっかりしているから良かったが、俺の中だと十四歳の女子なんて自分勝手な阿呆しかいないイメージだ。

 それは少し言いすぎたかもしれないが、この世界では前世と比べ年齢基準はかなり早熟なのかもしれない。

 

 ただカレンは気の毒だ。

 彼女は国の将来を担うであろう若き王子の健やかな成長を願っているのだろうが、申し訳ない事に俺は転生者である。

 彼女によってどれだけ手塩にかけられても俺に幼児の純粋な心は存在しない。

 

 ……ま、まあ、前世の話はやめよう。

 俺は今を生きる。

 そう決めたんだ。


 今の俺は王様の息子、つまり王子にあたる。

 このままだと王位を継承してこの国の王様になる運命なのだが、正直継ぎたくない。

 どうせなら自分勝手に生きてみたい。

 家族ってのは、案外面倒なものだしな。

 なんか知らんが両親とは最近めっきり顔を合わせることも無くなったしな。

 ……いつから会ってない?


 まあそんなことよりも、俺にはやりたい事がある。


「セレナさん、僕もそろそろ五歳になりますよ。あの本見ちゃダメですか?」

「うーん、王子は覚えが早いですからね。本来なら六歳の誕生日を迎えてからですが、私は良いと思いますけどね」

「じゃあ見て良いってこと――」

「ダメです。あくまで『私は』ですから。お父様と先生の許可を得なければ、私が許したところで見ることはできませんよ」


 冷静に諭されてしまった。

 年下なのに。ちくしょう。


 ただ諦めきれんぞ。

 図書館で見つけた希望。

 ここが異世界である一番の確証。

 あと一年ちょっとも我慢できるかってんだ。





「フィリウス王子、授業の予定が立てられましたよ」

「……え?」


 五歳なって少し経った頃。


 部屋で一人『ドリミニスの伝説』を読んでいた俺は急な知らせに呆然としてしまった。

 物語も終盤に突入して良い所だったが、そんなのも関係なく手は止まった。


 「授業って、まだ僕六歳じゃないですけど……」

 「どうやら先生が授業をやるって張り切っているらしいですよ。何でも、王子の成長速度を鑑みれば今のうちから始めた方が良い、とのことです」


 喜ばしく報告を行なっているカレンに対し、表情が引き攣る俺、フィリウス。


 ……そうか。

 八割冗談で言っていたつもりなのだが、前倒しで授業が行われることになった。

 望んでいた事とはいえ、いざそうなると心の準備が出来ない。

 転生してきた時と同じ感覚。


 「あれ、でもお父様からの許可は下りたのでしょうか?」

 「あ〜、多分下りていると思いますよ」

 「……分かりました、授業頑張ります!」


 ガッツポーズと共に高らかに宣言した。

 

 前世の俺は授業なんかにガッツポーズをするほど喜ぶ事なんてなかった。

 勉強は好きだけど、人から教わるのは何か気に食わなかった。

 そもそも学校自体が好きじゃないし。

 じゃあなんで今は授業が開かれると聞いて喜ぶのだろうか。


 答えは一つ。

 『魔術』の授業だからである。






 

 二週間後、授業は予定通りに開かれた。


 白い髭を蓄えた老人――目覚めた時に見た事のあるこの人がどうやら先生らしい。

 先生というより賢者と言うのが合っているだろうか。

 右手には身長ほどの杖を持っている。

 

 俺も杖を手渡された。

 なんの変哲もないただの木の棒と言ったところだ。

 まあ魔法の杖なんかこんなもんだろ。初心者なわけだしな。

 

 魔術の詳細に関しては大方予想通りだった。

 いわゆる『詠唱』を行なって魔術を使用する。

 魔術教本を閲覧する事は禁じられていたのだが、教本じゃない本でも魔術についての情報はある程度掲載されていたから想像はついていた。


 先生は俺の前で水魔術を使ってみせた。

 詠唱を行うと、前に突き出した手の平に大きな水の塊が出来上がった。

 先生はそれを打ち上げ、庭の草花たちに水をやった。

 どうやら今から俺も同様の魔術を使ってみるらしい。


 いかにもスピード感のある授業。オブラートに包まず言うなら、雑な授業。

 こういうのって座学を挟んで教養を身につけていくイメージなのだが、ぶっつけ本番で魔術を今から練習するみたいだ。

 俺が前世である程度魔術に関する知識(フィクションのものだが)を蓄えていたから良いものの、普通のノーマル五歳児が即座に理解できるものではないと思う。


 しかしこれには理由があるらしい。

 髭を弄りながら語っていた先生によると、俺は迅速に魔術教養を身に付ける必要ができてしまったらしい。

 この世界においての魔術というのは格が高いものであり、使用する者は限られている。

 王族である俺は魔術を身に付ける環境と権利が与えられている代わりに、同じく義務も伴っている。

 一国の代表として魔術は必ず会得しなければいけないんだと、そう語っていた。


 肝心の前倒しの理由は明らかにされなかったが、覚えるのなんて早い方が良いのだろう。

 しかし俺は王子という立場を利用して魔術を教わるのだが、王位継承なんかには全くの興味がない。

 でも教わっちゃえばこっちのものだから。

 ごめんなさい、先生。カレン。


 「では王子、実際にやってみる方が早いでしょう」

 「分かりました。先生の真似をすれば良いんですよね?」

 「はい。ここに書いてある文字を詠唱してください」


 渡された教本を左手に持ち、右手に持つ杖を前に突き出す。

 

 待ちに待った詠唱だ。流石に緊張してくる。

 一度深呼吸をし、昂る鼓動を抑える。

 何度も脳内で作り出したイメージを思い出す。


 よし、やってみよう。



 「澄み渡る水の恵みよ我が意思に従え、水弾ウォーターショット!」


 

 初級水魔術『水弾ウォーターショット

 誰もが頭に思い浮かぶ"最初の魔術"って感じの魔術。


 詠唱を終えた。

 すると右手に何か"気"のようなものが溜まる感覚を感じる。

 全身のエネルギーが全て右手に送られているような、そんな感じ。

 本能的に分かる。今から俺は魔術を繰り出す。

 よし、まずは初級クリアだ。

 詠唱が完了するとそこには一つの水の塊が――



 ない。



 ……あれ?

 それっぽい感じは出せていたのだが。

 教本を見直してみても、詠唱は間違えていないはずである。


 混乱する俺は助けを求めるように先生に目を向けるが、先生は全くこちらを見ようとしない。

 なんか知らんがずっと斜め下を見てしまっている。

 閑古鳥が鳴くような雰囲気に、俺と何も言わない先生は取り残された。

 

 「……おかしいな。澄み渡る水の恵みよ我が意思に従え、ウォーターショッ――」


 もう一度杖を突き出し、詠唱を試みた。

 ただその詠唱は完了する事はなかった。


 右手に集まったエネルギーがそのまま体の外へ出ていってしまったように力が抜け、自分の意思に反し、その場で俺は背中から倒れた。

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