第二話「転生は成功しました」

 目覚めた。


 視界がぼやけていて良く分からない。

 なんとなくわかるのは今見えている天井は白いということ。


 というか、目覚めるんだな。

 まさか死にきれていなくて病院に搬送されたとか。

 もしかして死後の世界だったりするのか。


 何も分からない。とにかく、ここがどこなのかを……


「うー、あうあー」


 誰かいませんか、と聞いたつもりだった。たったそれだけだけのこと。

 ただ俺は今、情けないうめき声を出してしまった。自分の声とは思えない、違和感。


 喋られない。


 そう悟るのに時間は必要なかった。

 俺は崖から飛び降りた。ならば辻褄も合う。

 腕や脚の感覚もあるにはあるのだが、うまく動かせず視認できない。


 飛び降りる前に一度頭によぎった、一抹の不安。


 死に損なった。最悪の結果。

 こうなってしまえば、もう死ぬことすら許されない生き地獄。ここは恐らく病院だろう。

 俺は管理下に置かれて無駄な延命処置を施されるんだ。

 後遺症を抱えた余生を、過ごすことになる。


 頭を抱えようにも、腕は動きそうにない。


 あぁもう、母さんにどんな顔して会えばいいというのだ。

 もう会う事もなくなると思って、家を出たんじゃなかったのかよ。飛び降りたんじゃなかったのかよ。

 死んで、いなくなって、もう心配させないためにって。

 無駄に生き延びて、喜ぶ人は誰もいないというのに。



 ……眠い。考え事をしたら眠くなってきた。

 体の感覚に違和感はあれど、眠いものは眠い。

 いつものように寝て、現実から逃避しよう。

 

 寝返りすら出来ないが、すぐに眠りに落ちる。


 次起きた時にまた考える。今はもう、ダメだ。







 転生した。


 信じられない。その一言に尽きるが、しかし確信した。

 前世の記憶を保ちつつ俺は生まれ変わった。

 ファンタジー小説でしか聞いたことがなかったが、本当に実在するとは。 


 目覚めてから一週間が経過し、身の回りの事は大まかに把握できた。

 全てが信じられない事だらけだが、とりあえずまとめていこう。



 まず俺は赤子だ。多分健康そのものの赤ちゃん。

 俺が目覚めてからは一週間が経ったが、流石に生後一週間ということはないだろう。

 赤ちゃんについて詳しいわけではないが、恐らく生まれてからは一ヶ月くらいは経っていると思う。

 

 次は今俺がいるこの建物についてだが、この人生での自宅で間違いない。

 少し横を見てみると扉があったり、絵が飾ってあったり。

 今まで気づいてなかったが、天井にはやけに豪華なシャンデリアのようなものがぶら下がっている。

 ここは自宅のうちの一室なのだろうが、正直に言わせてもらおう。


 多分金持ちだ。


 どこか外国感溢れるこの部屋からは拭いきれない成金臭がする。

 ただそれは現在の俺にとっては好都合なのだが――


 ……何のために死んだのか思い出せ。

 今はとにかくこの状況の分析だ。


 しかし、部屋だけで実家が太いと結論付けたわけではない。

 さっき来たのが結構前だったしそろそろ来るはず……。


 「ーーー!!」


 扉を開ける爆音。

 それと共に何か叫んでいる一人の女性と白い髭を蓄えた老人が部屋に入ってくるのが見える。

 その女性はすごい勢いで俺の方に駆け寄って来て……って、おっと。


 「ーー! ーーーー!? ーー〜!!!」


 赤子の俺は軽々と持ち上げられる。そしていきなりホッペにキスをかまされた。

 女性は何か言ってるが、何語かも分からないので聞き取れない。

 まあ、表情からどんなことを言っているのかは想像がつく。


 このような事がここ一週間続いている事から分かる通り、この女性は俺の母親だ。

 綺麗な金髪、顔もかなり整っていて若く見えるし、もし前世でこんな外国人に出会っていたら一目惚れしていたんじゃないかと言うほどに思える。

 ただ遺伝子レベルで繋がっている今の俺には流石にそこまでではないが。


 

 ひとまず安心した。俺は望まれた子供のようだ。

 転生モノのパターンでいえば生まれてきた子供が邪険に扱われる場合も少なくない。

 裕福な家庭、親からの愛、(恐らく)約束された容姿――

 

 いや待て。

 俺がここに来た経緯は何だ。

 転生したくてしたわけじゃない。

 なのに、なのにだな……。


 ……まあ、この人生で生き直すのも悪くないかもしれない。

 前世で苦しんだ分、それを精算する余地はあるのではなかろうか。

 何もかも忘れて、新しい自分として。


 うん、まあ、視野には入れておこう。


 次にここについてだが、少なくとも地球ではない気がする。


 というのも、自分で言うのも何だが前世の俺はそこそこ賢かった。

 なので分かる事がある。

 部屋の装飾や置物、出入りする人の容姿や服装。そこからここは外国、細かく言えばヨーロッパ、さらに言うと現代ヨーロッパではなくそれよりも前のはず。

 時間軸を超越した転生という説もなくはないのかもしれない。


 ただ俺は中世ヨーロッパに転生したわけではなさそうだ。


 言語が明らかにヨーロッパのそれではない。

 俺はそっちの方の大陸しか齧ってなかったが、他の国の言語を探しても似たものはない気がする。

 だからまだ発音のイメージがつかないのかもしれない。

 つまりここから導き出される答えは

 

 異世界転生。


 全くもって非科学的。

 しかし本当に異世界だった場合、さっき話したことの辻褄が全て合う。

 本当に、小説の世界なのかもしれない。


 そう考えてみると、何だかワクワクしてきた。

 柄にもなく心が躍る感覚を覚える。

 

 も、もしかしたら俺には凄い才能を生まれ持ってきたかもしれない。

 異世界転生モノにはありがちな設定だろう。

 剣の才能? 魔術の才能? あ、もしかしてモテ男の才能かもしれない。

 

 平常心でいろという方が難しい。

 ここまできたら、もう吹っ切れよう。


 よし決めた。

 この世界で俺は生き直す。

 "後悔"という二文字が一度でも脳にチラつかないような、そんな人生。

 

 楽しみで仕方がない。

 俺の転生は成功したんだ。







 ――十年後



 「フィリウス、貴方とは縁を切ることにしました」


 「…………」


 転生は失敗した。

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