3 りんご姫
「……考えさせてもらうわ。できれば一度、家に帰ってからがいいんだけど」
「そこをなんとか。一年、いや一週間だけでも」
「それでも家に帰るころには、何年も経っちゃうじゃん!」
「さらわれた時間まで時間を巻き戻してお返しいたしますので……」
「じゃあ、今日入れて三日!」
「……かしこまりました」
そういって頭を下げたイスンが、とても残念そうな顔を見せたことをぼんやりとりんごは思い出している。
もしかしたら、ひどいこと言っちゃったかな。与えられた立派な部屋で横たわりながら、りんごは熱っぽい頭で考えていた。
頭には氷嚢。体は最上級の羽毛布団を掛けられ、もものあたりには子供サラマンダーが三匹丸まっている。
侍女たちに支度をしてもらい、いろいろとこの世界のことについて聞いたが、侍女たちはいやな顔一つせずに答えてくれた。
水差しから水を飲む。きちんとした治療だ。家にいるよりよっぽど待遇が良い。与えられたのが薬ではなく治癒魔法と言うのにはびっくりしたけれど。
おかげで体が温かい。熱いくらいだ。
「汗をかいたらすぐに言ってください。体が濡れるのは風邪にとって大敵ですから」
そう侍女長のエリザが言っていたのを思い出す。呼び鈴を鳴らすと、侍女たちがすぐにやってきた。
抱えられ、背もたれのない椅子に座らせられると汗に濡れた服を脱がされ、体を暖かいタオルで拭われ、乾いた服を着せてもらう。
「なんか、すごい……。これがお姫様の特権……?」
そしてそのままシーツを取り替えたベッドへ。横たわると羽毛布団が掛けられ、頭に氷嚢が乗る。
「だったら、いいかも……」
まだ少しぼんやりした頭でりんごは思った。
翌朝になると、りんごの熱はひいていた。まぶしい光を浴び、大きく伸びををするりんご。すぐにいい匂いに気がついた。侍女が朝食を持ってきたのだ。具の多いたまねぎと羊肉のスープに小ぶりのパン。そして温めたミルクと温野菜のサラダ。地球の料理と何も変わらない。食事はベッドテーブルに置かれ、りんごの前へ。
「ここで食べて良いの?」
侍女にたずねるりんご。
「は、今朝だけは」
「やったー」
りんごはおいしい朝食を十分にとり、すっかり元気を取り戻した。
そして、元気よく外に出ようとして、りんごはエリザに止められる。
「りんご様、そのような格好では……。でかける衣装はどうなされますか?」
今のりんごの服は簡素なシュミーズだ。さすがにこれでは外には出られない。
「衣装! どんなのがあるの?」
りんごは異世界の衣装に興味を持ってたずねた。
「試着されますか?」
「するする!」
そうして大試着会が始まった。かわるがわるりんごはこの世界の衣装を着た。けれど……。
「どれも、ちょっと動きにくいかな」
りんごは言った。きれいでかわいいのは良いけど、りんごにとっては動きにくい服装ばかり。エリザはりんごの言葉にかしこまった。
「では、こちらを」
そして、また衣装を出してくるエリザ。今度はごく普通の現代日本の服だった。りんごは言う。
「なんだ、地球の衣装あるじゃん」
「りんご姫のご婚礼に際し、地球の品々をいろいろと買い求めております」
「じゃあこっちを」
「はい、かしこまりました」
普段着のように着慣れた服を一人で着ると、エリザはすまなそうに謝った。
「お手数をおかけして誠に申し訳ありません」
「でも、お姫様みたいで楽しかったから、別にいいよ」
「りんご姫はすでに姫でいらっしゃいますよ」
エリザが微笑んで言う。
「そうだった。でも、一週間だけだよ」
「りんご姫にはずっとこの国の姫でいていただきたいと思っております」
「あはは」
エリザの言葉をりんごはそんな気はないよ、と言うように笑い飛ばした。
廊下に出ると、イスンとそれからオイゼビウス王子がいた。
「王子! それから、イスン……、様」
ぎこちなくりんご。
「イスンでかまいませんよ。それよりお熱はもう良いようで何よりです」
「ありがとう、なんだか、すっごい看病してもらって申し訳ないくらい!」
ぺこりとりんごは頭を下げる。そして言った。
「ところでなんで王子様が?」
「……。ほら、王子」
イスンは王子を促す。王子はまだ顔を赤くしていたが、やがて優しい声音で言った。
「……今日一日、りんご姫にこの城を案内するようにとダナハンに言われました」
「本当?」
「はい」
うなずく王子。
「えっと、まいっちゃうね」
もじもじとりんご。大人たちはもうりんごとオイゼビウス王子を結婚させたくて仕方ない様子だ。りんごはそれがむずがゆくて仕方ない。そんなりんごを見てイスンはいった。
「では私はこれで」
「え? イスン帰っちゃうの?」
「はい、後はお二人で、ごゆるりと」
イスンは優雅に礼をすると去って行った。二人残されるりんごとオイゼビウス王子。
(え、ええーっ)
りんごは焦った。
(王子様といきなり二人っきりなんて気まずいよぉ)
「りんご姫」
そう思っていると、オイゼビウス王子の声。
「顔に出てますよ」
「す、すみません」
「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。急にこんなことになって」
薄く笑うオイゼビウス王子。りんごはこれまでのことを思い出した、ぐるぐる巻きにされてむりやりここに連れてこられた件、宇宙ステーションにぶつかりそうになった件。りんごは言った。
「そうよ! よくよく考えたらそっちが悪いんじゃない! って王子に怒っても仕方ないか……」
「仕方なくなどありませんよ」
頭に手を当てるりんごに声をかける王子。
「え?」
りんごは慌てて王子の顔をまじまじと見た。
「わたしもフロレスタン王家の者。ですので、フロレスタンのまちがいには責任があります」
「いや、間違いとかじゃなくてね……」
りんごは言う。そしてオイゼビウス王子のことを少し見直した。
(私と同じぐらいなのに、もう、しっかりと、王子様なんだ……)
そう思ったらさっきのいきどおりもどこかへ吹き飛んで行ってしまった。
「あの」
「はい」
「ごめんなさい!」
「どうされましたか? 謝るのはこちらです。姫を無理矢理連れてきた、これは間違いないことですから」
オイゼビウス王子の言葉にりんごは首を横に振った。
「ううん、なんか謝らなきゃって、おかしいな、おかしいかな、あはは」
そして笑う。少し涙が出て手ので手で拭う。そしてりんごは王子にもう一度謝った。
「ごめんね、泣いちゃって、でももう大丈夫。……ありがとう、王子、今日一日よろしくね」
「はい……。では」
オイゼビウスは大きく一礼し、
「今日一日、りんご姫に仕えさせていただきます」
そういってひざまづくとりんごの手を取りその甲に軽く口づけをした。
「あわわ」
これ映画で見たやつ! それを今、オイゼビウス王子からされてる! りんごは慌てふためく。王子は立ち上がると言った。
「では姫、一緒に参りましょう。どこか、見たいところはありますか?」
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