2 到着と出会い

 空の門をくぐったトナカイとベッドは軽やかに親衛騎士団が守る王宮の中庭に着地した。

 待っていたダナハン卿の部下、イスンがりんごを縛める縄を解く。ダナハン卿は上機嫌だった。

「いやぁ姫さらいの役を一度やってみたかったんじゃ。まさか生きている間にできるとは」

「けれど、ダナハン卿、しおしおになってますよ、このお姫様」

「あーはっは……コホン。ここからは真面目にいくぞい。さて、目をおさましあれ、りんご姫」

「うう……」

 いましめが解かれたことでりんごはようやく自由になり、片手で額の冷や汗を拭った。イスンが慌ててふんわりしたタオルを渡す。りんごは無言で受け取ると、それを使って残りの汗を拭う。イスンにタオルを返し、それからようやく、その間ずっとひざをついて、頭を垂れていたダナハン卿の方を向く。ダナハンは文句一つ言わずに改めて礼をすると言った。

「さきほどの無礼、大変失礼いたしました。姫はフロレスタンの一族となる御身。わしの無礼を死を持ってあがなうこともできましょう。しかし、まずは話を聞いてくだされ」

「話、しようとしても笑うだけだったじゃん!」

「ダナハン卿は馬に乗せると人が変わるのです」

 イスンが横から介添えをする。

「うまじゃないじゃん」

「とにかく、話を聞いてくださいませ、りんご姫」

 イスンのとりなしにようやくりんごは了承する。

「うー、わかったけど、なんかうまく丸め込まれた気がする」

「恐縮至極」

 ダナハンが深く頭を下げる。

「で、話って? 確か、私をフロレスタンの王子の一人と結婚させようって言うのよね」

 ダナハンにさらわれていたときにもらった情報をりんごは口にする。

「はい、さすが話が早い。りんご姫は王子たちの写真の入ったロケットを現在お持ちの方。それぞれの王子の姿はすでに拝見済みですか?」

「う……、はい、それは、そうです、けど」

 イスンの言葉になんかそれが恥ずかしいことのように思えて、りんごは横を向いた。

「それは結構、では……」

「ちょっと待って!」

「どうされましたかりんご姫?」

「あのロケットはうちの家に古くから伝わる物なの。だから王国も、昔の国で、王子様も、昔の人、なんじゃないか、って……」

 つっかえながら言うりんご。イスンは笑顔でこう答えた。

「それなら心配ご無用。王国は存在し、王子もいまだ独身のまま壮健でございます。なにしろ、時間の流れがあちらとまるで違いますからな」

「そうなんだ……」

「ですから、おうちのことを考えておられるのならご安心を。だいたいこちらの一日が、そちらの一年に相当いたしますので、あのロケットが作られたのはそちらの時間で約百五十年前、こちらの時間で約半年前となっております」

「それじゃあ……王子様たちはまだいるのね!」

「はい、いらっしゃいます。ですから……」

 そう言ってイスンもダナハン卿と並んで膝をつき、両手を組んでりんごに奏上する。

「相沢りんご姫。我々フロレスタン王国は、あなたをフロレスタン王国国王アレク・アルゲマスト・フロレスタン王の第七王子、オイゼビウス・ローベルト・フロレスタン王子の妻として、この王国に迎え入れたいと存じます」

「まったく、さらう前に言えばいいのに……って第七?」

「はい、第七王子」

 イスンは言った。

「オイゼビウスってあのもやしっ子?」

「王子に対して、失礼でございますぞ!」

 イスンの叱咤の声。反対にダナハン卿は高らかに笑う。

「はっはっは。確かにもやしっ子でありますなぁオイゼビウス王子は」

「うん……そうだね」

 そして中庭の隅の方からか弱い声。当のオイゼビウス王子がこれまでの一切を聞いていたのだ。

「王子! なぜ!」

 イスンの驚いた声。

「自分の花嫁となる人を見ておきたいと思ってね。いけないことでしたか?」

「かまわんかまわん。とっくり見るがよい」

 ダナハン卿は笑う。いっぽう当のりんごは驚いていた。

(やだ、ロケットの写真より綺麗。そして優雅)

 王子はりんごの姿を一瞥し――。

 マントを脱ぐと、りんごの体にそっとかける。

「この子少し熱があるようだ」

「気づかず申し訳ありませんでした!」

 王子の言葉にイスンは直立不動の礼をする。

「わかればいいよ……」

 そう言うと、オイゼビウス王子はりんごに向き直り、言った。

「手を握ってもいいかい?」

「べ、べつに、いいけど……」

 りんごは恐る恐る手を差し出す。王子はその手を取ると、言った。

「りんご姫、これから、よろしく」

 そして、冷めた熱のない手でオイゼビウス王子は幸薄そうに笑う。

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