1 フロレスタン王国へ

 相沢りんごは十一才の小学五年生。髪は生まれながらの栗色。耳の後ろで結んだ髪はわずかにカールしてる。

 そして彼女にはちょっとした秘密がある。それはお母さんから引き継いだ、不思議な金色のロケットである。りんごの母方の一族が、ロシア革命からこの北海道に逃れて来たときから、いや、それ以前から、代々、長女が十一才になると母から子へ渡されていた物らしい。それは今りんごの手にあって、特別な宝物になっている。

「赤ちゃんのりんごにこれを見せると泣き止んだの。やっぱりりんごは赤ちゃんのときからイケメンが好きなのね」

「それはお前もだよ」

 ロケットを渡すときに同席していた祖母が母に笑って言ったことを思い出す。今りんごは風邪の療養中。横たわったまま熱っぽい顔でりんごはカチリとロケットを開く。

 中に映るのは七人のイケメン王子。

 七人一緒の写真ではない。七人の王子の名前付き写真が、かわるがわる浮かび上がるのだ。これがこのロケットの不思議なところである。名前は小さいけれどアルファベットで書かれていて、りんごは母親から、母親は祖母から読み方を教わっていた。


「……」

 今はりりしい男子が写っている。年はりんごより大分年上だ。筋肉質だけど、優しそうな目。包容力がありそうだ。この人は、オーギュスト・アグリッパ・フロレスタン王子。

 フロレスタン王国の第一王子だ。

 次に映るのは書物を持ち、聡明そうなアグノライア・ファルスタッフ・フロレスタン第二王子。

 動きやすそうな服装の、笑顔がまぶしいラーガルド・プファルツ・フロレスタン第三王子。

 女性かと見間違うほど美しい、コンストラリア・オブグリエ・フロレスタン第四王子。

 手に鉱石を持ち、それを観察している、カイメルン・カシュペルル・フロレスタン第五王子。

 剣をつるし、いたずらっ子のようにはにかむ、リヒャルト・ゼム・フロレスタン第六王子。

 そして……。

 最後の第七王子オイゼビウス・ローベルト・フロレスタンは見るからに気弱そうで。はかなげな笑みをこちらに浮かべていた。

 パチン。

 ロケットを閉じてベッドに身を沈める。りんごのお気に入りはリヒャルト第六王子である。第六王子っていうのが、気楽そうだし、話も合いそうだし、年も近い。ほかの五人はりんごには年上過ぎた。そりゃ迫られたら考えなくなないけど。そして。

「オイゼビウス君は、なしかな」

 ひ弱なタイプは好みではない。ああいうタイプはすぐ泣くし。そりゃ、年は同じぐらいだけど。りんごはそう身勝手なことを思いながら、風邪の熱で日照った体を午後の日差しに委ねてまどろみ始めた。


 けれど、フロレスタン王国ってどこにあるのだろう? ドイツ風の名前だけど、そんな国の名前聞いたことない。地図にも載ってない、お母さんたちも知らない。あれこれ調べると眠りの国の美女の王国名がフロレスタンらしいけど王子なんていただろうか? しかも七人も。

 異世界? まさかね……。りんごは眠りに落ちていく、いやすでに眠っていたのか、そんなたゆたう状態で。


 りんご姫。お迎えに上がりました、さあいざ、フロレスタン王国へ!

 

「えええ?」

 唐突にそんな声を聞いた。目を開ける。気がつくとりんごはすでに空の上だった。時折起きる振動と、顔に吹きつけてくる激しい風。

「え? どこここ?」

 りんごは辺りを見回す、周りは一片の雲のない青空。時折激しく揺れるのは四頭だてにしつらえられたトナカイが自分が今まで休んでいたベッドを勢いよく曳いているから!

「地球とフロレスタン王国のあるガルパラウンド世界を結ぶ空の門のあたりですな、おっとあまり揺らさないでくださいませ、りんご姫、私が落ちても知りませんぞ?」

 トナカイを引くダナハン卿(りんごのベッドの端にちょこんと腰掛けている)がりんごの方を振り返って言う。りんごにとってはただのじいさんにしか見えないが。

「揺らしてるのはあんたが曳いてる馬……じゃなくてトナカイじゃん! もっと優しく運転してよ……というか帰して!」

「はっはっは」

「何笑ってるのよじいさん!」

「あっはっはっは!」

「あーもう!」

 りんごはかんしゃくを起こしベッドから立ち上がろうとするが、動けない。

 見ればりんごはぐるぐるに縄でベッドごと縛られている。

「さすがですなぁりんご姫! その跳ねっ返りぶり!フロレスタン王国の花嫁になるのに十分すぎるほどですぞ!」 

「花嫁? あたしが? フロレスタン王国の?」

 一瞬ロケットに映った七人の王子の姿が頭をよぎる。

「さよう、姫には王子の花嫁になっていただきます」

「あの写真の王子様たちのこと?」

「さよう」

「あたし十一歳だよ? それにあれは昔の写真でしょ?」

「あーはっはっはっは!」

「また笑う! っておじいさん、前!」

 りんごはダナハンに警告する。大きく太陽パネルを広げた大きな機械が、トナカイの曳く馬車? より明らかに速い速度でこちらの軌道内に入ってくる。

「ほう、あれは地球人の宇宙ステーションですな。まったく地球人は空の門のそばにこんなものを置くようになって……」

「よけてよけて! 大きく迂回して!」

 りんごは叫ぶがしかしダナハン卿は首を横に振った。

「なんのこのダナハン! 老いたりとはいえ、馬を駆らせたら、まだまだ誰にもまけませんぞ!」

「だからー! うーまーじゃーなーいーじゃん!」

 人工衛星と軌道を交差させ並ぶトナカイとベッド、とダナハン卿とりんご。人工衛星が二人に迫る。

「はっはぁー!!」

 ダナハン卿の言ったことは本当だったようだ。最小限の軌道変更で宇宙ステーションを華麗にかわすりんごたち。

「あ、あぶなーい……」

 りんごの頭のすぐ上を太陽パネルがかすめていって、りんごは真っ白になってつぶやく。

「あーはっはっはっはっは」

 一方何がおかしいのか心底おかしそうに笑い続けるダナハン卿。ようやく空の門のゲートをくぐる。そしてそこは異世界! ガルパラウンド! そしてしおしおになったりんご。

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