第20話 広がる瞬間
撮影会当日、俺たちはいつもの遊歩道のベンチ前に集合した。
好花は白のノースリーブワンピースの上にサマーカーディガンを羽織り、麦わら帽子も持参した。
「やる気満々だな……」
「ま、まあ、もうほとんど夏みたいなものだし? こういうのもいいかなって」
そして上目遣いでおずおずと尋ねる。
「で、どう? この服。カメラマンさん的に」
「季節感が出るし、清潔感もあるから正解のチョイスだと思う」
「……そーですか」
いかにも不満そうに下唇を突き出す。憎たらしい顔だ。撮ってやろうか。
好花はベンチに座る。
「はい、じゃあ撮って」
「え、ここでか?」
「問題ないでしょ。結構いいロケーションだし」
「街をぶらつきながら撮影していこうと思ってたんだが」
「や、やだよ。『あの人ガチめな撮影してはるなあ。いいねがたくさん欲しいんやろなあ』って思われたら恥ずかしいじゃん」
「なんで京都弁なんだよ……」
しかし、たしかに人目があっては好花が緊張してしまうだろう。ここのほうが無難かもしれない。
スマホのカメラアプリを起動し、構える。
好花は髪をかきあげた。
「はい、今」
「え?」
「なにボケっとしてるの。ほら、撮る」
「お、おう」
言われるがままにシャッターボタンをタップする。
次に好花はカーディガンを脱ぎ、遠くのほうを見た。
「はい、今」
「え、あ、うん」
シャッターボタンをタップ。
「じゃあ次は――」
「待て待て。お前が指示を出すのかよ」
「だって柊真、美的感覚のステータスマイナスでしょ」
「なんでさらに下がってんだよ」
「だからわたしがタイミングを指定してあげてるの。か、感謝しなさいよね!」
「それツンデレじゃなくて単に恩着せがましいだけだからな」
そんな感じで、モデルのほうが指示を出す世にも珍しい撮影会が進んでいった。
何枚か撮影したあと、ふたりで写真を確認する。
「結構プロっぽくない?」
好花は満足げだ。
俺も悪くはないと思う。スマホカメラは優秀で、色味や明るさをいい感じに補正してくれるし、好花の表情もリラックスしている。
――でもなあ……。華音先輩がこれで満足するか……?
好花は顔を赤らめる。
「これ、待ち受けの壁紙にしてもいいよ……?」
「? いや、せんけど」
「なにその考えてもみなかったみたいなリアクション」
「考えてもみなかったから」
「考えろよ、恋人だろっ」
「色が明るすぎるし。暗いほうが時計とかアイコンが見やすいから」
「ちぃっ!! ほんまこいつ……!」
清楚なファッションには似つかわしくない厳つい舌打ちをし、好花はのしのしと原っぱのほうへ歩いていった。
「はい次ここ! 風でなびく髪を手で押さえているところを撮って」
「はいはい」
「タイミングは自分でとって」
「了解」
多少ひらけた場所に出たせいか風はそこそこ吹いていて、好花の長い髪がまるで生きているように波を打つ。
が、シャッターのタイミングは難しい。なびき方が過剰だったり足りなかったり。
――もっとシャンプーとかヘアオイルの広告みたいに、パーッときれいに広がった瞬間を……。
そのとき風切り音がして林の木々が大きく揺れた。
――来る……!
俺は目と指先に神経を集中させる。
――今だ!!
シャッターボタンをタップした瞬間、パーッときれいに広がった。
好花のスカートが。
「ぃいぃっ!?」
小動物みたいな甲高い奇声をあげて好花は慌ててスカートを押さえた。
スマホの画面には写真のプレビューが表示されている。指に力が入ったせいかボタンを長押ししてしまい、連続写真で撮影されていた。スカートが広がってふとももどころか下着までが完全に露わになってそれを慌てて押さえるところまでが、スローモーションで繰り返し繰り返し再生されていた。
プレビュー表示を消してカメラモードに戻ると、画面に鬼瓦みたいな好花の顔が大映しになっていた。
スマホを下げる。生の鬼瓦が現れた。赤鬼だ。
「もしかして今の撮ったの!?」
「と、撮ったというか……、撮れてしまったというか。――でも安心しろ。ちゃんと消すから」
スマホを操作しようとした俺の腕を好花ががっと掴んだ。
「な、なんだよ……?」
好花の顔が歪んだ。ピカソのキュビスムみたいな複雑怪奇な歪みだった。
「どんな感情!?」
「け……、消さなくていい」
「いや、でも」
「パンツ写真の一枚や二枚持ってなくて恋人って言える!?」
「言えるだろ!?」
「壁紙にしてもいいし」
「するかっ」
見つかったら人格を疑われるわ。
そんな調子で、ときおりハプニングを混じえながら撮影会はなんとか終わった。
ベンチに戻ると好花が言った。
「ほら、モデルを頑張ったわたしにねぎらいの差し入れはないの?」
「いや、俺も撮影を頑張ったし」
「でもパンツ見たじゃん!」
「関係なくない!?」
「パンツ代と思って」
「パンツ代はパンツを買うときに払うもんだろ……」
まあ俺もちょうど喉が渇いたし、ジュースくらいおごってやってもいいか。
いったんその場を離れ、自販機でミルクティーを二本買って引きかえすと、好花が誰かと話していた。
相手は小さな男の子だった。彼は大きな身振り手振りをしてなにやら一生懸命しゃべっている。好花は腰をかがめて目線の高さを合わせ、ときおり合いの手を入れて楽しそうに笑っている。
――あ……。
俺は慌ててスマホを構え、その様子を撮影した。そしてその写真に目を落とす。
慈しむような、優しげな好花の笑顔。
――……きれい、だな。
俺はしばらく見入った。
「…………………………え?」
思わず声が出る。
――俺、今なにを思った?
きれい、と思ったのか? 好花を?
い、いや、一般的な価値観において好花の容姿がそう形容されるにふさわしいのは理解している。
でも、そういうことじゃなくて……。
後付けの理屈ではなく、ただ、ふと、きれいだって思ってしまった。
――そんな、まさか。これじゃあ……。
「どうしたの?」
「アーーーーーーーーーーーーーー!!?!??」
いきなりそばで好花の声がして俺は驚きのあまり叫んだ。
好花は後ずさって言う。
「な、なに? どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。――そ、それよりさっきの子どもは……」
遊歩道の出口のほうへ駆けていく彼の姿が見えた。
「ああ、
「ふ、ふうん」
「彼は将来有望だよ」
「そ、そうだな」
「わたしね、子どもには人見知りしないんだ」
と、胸を張って笑う。
「そ、そうか」
好花が訝しげな表情で俺の顔を覗きこむ。
「ねえ」
「な、なんだよ?」
「なんでさっきからこっち見ないの?」
「は? いやべつに」
「ん~?」と不審げにうなる好花。
「あ、もしかして」
「ち、違っ――」
「快人くんに嫉妬!?」
「……………………はい?」
「あんな小さい子に嫉妬なんて」
「え、いや……」
「へえ、柊真が嫉妬。い、意外と束縛したい系なんだ~」
などと、なぜかちょっと嬉しそうに言う。
『そうじゃない』という言葉を、俺は口から出る寸前で飲みこんだ。否定してしまっては、じゃあなんでなの、という話になってしまう。
好花とは今、恋人同士だ。しかしあくまで『友人と試しに付き合っている』という感覚が俺の中では強かった。それはあの『覚書』にまつわる特殊な経緯も関係している。
でも、今さっき湧いてきた感情は、それでは説明がつかないものだった。
これじゃあ、まるで――。
――本当に好花を好きみたいじゃないか……。
ふたりでミルクティーを飲むとき、そして帰り道でも、俺は一度も好花の顔をまともに見ることができなかった。
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