第19話 なんかのインタビュー
華音先輩に案内されたのは空き教室だった。
「スタジオってここですか?」
「放課後、この空き教室をスタジオとして使わせてもらってるんだ」
「さっき『かつて写真部だった者』って言ってませんでしたっけ?」
「そのとおり。写真部は定員割れですでに存在しない。わたしのその写真部最後の部員というわけだ」
「部じゃないのに教室の使用を許可されてるんですか?」
「新聞部や学校のホームページへの素材提供を条件に、校内での活動を許可されている」
おかしな人だがそこはちゃんとしているらしい。
華音先輩はタブレット端末を俺に手渡した。画面には、天気雨に降られている花壇の花の写真が映っていた。
「ポートフォリオというやつだ。撮影の準備をするからそれでも見ていてくれ」
と、机や椅子を移動させる。
俺と好花はポートフォリオの作品を閲覧する。雪と落ち葉、夕暮れとネオン、朝日とセミの死骸、彫刻刀が刺さりパンクしているバレーボール――。
「すごい……」
好花は感嘆の声をあげた。俺も同じ気持ちだ。難しいことは分からないが、思ったよりもずっと本格的だった。
「ねえ、すごくない?」
「ああ。対比とコントラストが明確だ。どこか心が不安定になるようなグロテスクさがあるが、同時に品もある」
「またそんな遠回しに」
「恥ずかしいね」
華音先輩は微苦笑する。
「君の言ったとおり、わたしはコントラストの中にこそ美しさが存在すると思っていた」
「……ん? 思っていた?」
「今でもまちがってはいないと信じている。しかしこうも思う。『ただそこにある美しさ』もまた存在するのではないか、と」
――なんか難しい話になってきた……。
ひとつ言えるのは、華音先輩はただの思いつきで暴走しているのではなく、深い思索の結果、それを実現するために暴走しているらしいということだ。
「そこで目をつけたのが好花、君だ」
「えへえ?」
急に話を向けられ、好花は変な裏声を出した。
「好花、君は見るからに美しい」
「……」
「なにかと対比するまでもなく美しい君をモチーフにすれば、美しさの向こう側にたどり着けるのではないかと、わたしはそう考えたんだ」
褒めに褒められて好花はご満悦の様子だ。表情を保とうとしているがにやにやを隠せていない。
「ど、どもっす……。ぬふっ」
――笑い方気持ち悪っ……。
こんな笑い方の奴から本当に『美しさの向こう側』なんてものが出てくるのだろうか。
「準備ができた。ここに座ってくれ」
華音先輩は窓際に置いた椅子を手で示した。好花は緊張の面持ちでそこに座る。
ガチガチの好花に華音先輩は声をかける。
「今日は撮影を受け入れてくれてありがとう。時間は大丈夫かな?」
「え? あ、はい。とくに用事は……」
「とはいえカレシ君とふたりきりの時間を過ごしたいだろう? 仲はいいのかい?」
「あ、ええと、はい。子どものころから……」
「幼なじみというやつだね。そして今は恋人。素敵な関係だ」
好花は照れくさそうに「ども……」と会釈した。
――カメラマンのトーク術ってやつだ。
コミュニケーションをとり、被写体の緊張をほぐす。話しながらも華音先輩の目は好花を観察し、ときおりシャッターを切っている。
「改めて自己紹介してもらっていいかな?」
「あ、ええと、う、宇多見、好花、です……」
「可愛らしい名前だ。響きがいい」
「ども……」
「趣味は? どんなことが好き?」
「え? あ、あ~……」
好花は視線を漂わせた。
「む、昔、ギターを、少々……」
「へえ、意外だね。どっちかというとピアノってイメージだ。どうしてギターを? お父さんか誰かの影響?」
「あ、はぃ、まあ……」
――軽音部系アニメの影響だろうが。
ジャズ○スターのレプリカを買ってもらって、けっこうちゃんと弾けるようになるまで練習していた。しかし俺以外の誰に聞かせるわけでもなく、SNSにアップするわけでもない。完全自己満足型ベッドルームミュージシャンだった。
華音先輩の質問は続く。
「じゃあ、最近はなにをしてる?」
「あ、あ~……。――AIに、興味が……」
「それもまた意外だね」
――AIにオリキャラ生成させてるだけだろうが。
「今日の体調は?」
「ば、万全です」
――極度の寝不足だろうが。
しかしガチガチだった好花の緊張はいくらかほぐれてきているようだ。肩の力が抜けてきているように見える。
「こういうのは初めて?」
「はい……」
「緊張してる?」
「まあ、少し……」
「じゃあ、タイを緩めて、ボタンをひとつ外してみようか」
「ちょっとー!」
俺はクレームを入れる。
「なんで胸元を開ける必要があるんですか!」
「締めつけを緩めてリラックスしてもらうためだよ。なにを勘違いしてるんだい」
「そ、そうですか……」
刑部さんのことがあったからナイーブになりすぎているのかもしれない。俺はすごすごと引き下がる。
好花は指示通り胸元を緩めた。華音先輩はさらに指示を重ねる。
「じゃあ次は一枚脱いでみようか」
「ちょっとー!!」
「今度はなんだい」
「いや言い逃れできないでしょ! 脱げって言っちゃってるもん!」
「心のベールをだよ」
「ちょっと無理ありません……?」
華音先輩はシャッターを切りながら、さらに言う。
「優しくされるのと強引にされるの、どっちが好き?」
「本当にその質問必要ですか!?」
好花はぽっと顔を赤くして言う。
「もちろん優しいほうが……。でもたまに強引なのも……」
「お前もまたそうやって馬鹿正直に答える!」
華音先輩は渋面を作る。
「なにが不満なんだい」
「なんか別のインタビューになってません?」
「別のって?」
「……い、いや、まあ、なんというか――。とにかく! もうちょっと穏当なトークでお願いします」
「やれやれ、カレシ君が言うなら仕方ないか」
その後、華音先輩はやたらと、
「いいよ」「すごくいい」「きれいだ」「可愛いね」
などと褒めまくりながら、表情やポーズの指示を出し、シャッターを切りつづける。
やがて撮影が終了した。タブレットに転送した写真を見つめる華音先輩の表情は曇っていた。
「ううん……」
低い声でうなっている。納得のいかない出来だったらしい。好花は申し訳なさそうに縮こまった。
「いやすまない。君が悪いんじゃないよ。君の魅力を引き出せないわたしが未熟なんだ」
そうフォローして、タブレットを俺たちに差し出す。
そこに映し出された写真はどれも非凡なものに思えた。構図も光の加減も、すべて計算し尽くされている感じがする。ただの教室の片隅で撮られたとは思えない。
が、しかし。やはりというか、肝心のモデルである好花の表情が固い。あれだけ褒めたたえ、持ち上げ、安心させても、好花の人見知りの壁を乗り越えることはできなかったようだ。
――やっぱりなあ……。
「まあ最初から無理とは思ってたけど」
「……ほう」
華音先輩の低い声に俺ははっと顔をあげる。
「わたしには彼女の魅力を引きだす腕がないと。言ってくれるじゃないか」
「え!? いえいえいえ! そういう意味ではなく……!」
「そこまで言うからには、君には彼女の魅力を引きだす自信があると、そういうことだな?」
「だからそういうことでは――」
「ならば撮ってきてもらおうじゃないか! 期限は月曜日の放課後!」
――聞いて……!
好花がきっぱりと言う。
「でもこいつ美的感覚ゼロですよ」
「なんでそこだけ滑舌良くなるんだよ!?」
というかお前は俺の味方であれ。
「過大な期待はしていないさ。しかしビギナーズラックというのもある」
華音先輩は俺の肩をぽんと叩いた。
「ともかく頑張ってくれたまえ。そして行き詰まった現状へのカンフル剤になってほしい」
そして好花に礼を言って、さっさと教室を出ていった。
――なんか……、うまく丸めこまれた気がする……。
考えてみれば華音先輩の怒りは唐突だったし、そもそも声を荒げるようなキャラじゃない。
しかしうまくやれば好花への強引なアプローチを止めることができるかもしれない。
――でも俺、素人だしなあ……。
ビギナーズラックが起こることを願ってやるしかないだろう。
「え~? 柊真、わたしのこと撮るの? 仕方ないな~。じゃあ明日ね」
と、顔をによによさせる好花。
――こいつはなぜか乗り気だし……。
撮影会は明日土曜日の午後からと決め、俺たちは下校した。
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