第16話 内緒の話
俺は珠希さんに誘われるままにソファへと移動する。
「ほら、丸瀬くん。早く入ってきて……」
「は、はい」
俺はおもむろにゲームのコントローラーを握り、スタートボタンを押した。
テレビ画面にプレイヤー2――つまり俺が入ったことが表示される。
珠希さんは指をぽきぽきと鳴らした。
「久しぶりだね。なんか……熱くなってきた!」
「別にふたりを追い払わなくても」
「集中したかったんだもん!」
――『もん!』って……。
珠希さんはじとっと俺をにらむ。
「その歳で『もん!』はきついと思った?」
「思ってませんよ!? ――というかこれまだやってたんですか?」
サッカーゲーム『Wフットボール』。好花の家に遊びに行くたび珠希さんと対戦したっけ。
「しかも当時のハードじゃないですか。もう二世代前ですよ」
「新しいのが出たからって買い替えることないでしょ。わたしはこのゲームが好きなんであって最新のゲームで遊びたいわけじゃないんだから」
俺は思わず珠希さんをまじまじと見た。その言葉があまりにも好花っぽかったから。やはり親子、根っこは同じらしい。
「さ、対戦対戦」
珠希さんはドイツ、俺はオランダを選択する。当然チームの陣容は六年前のものであり、今では引退してしまった選手の名もちらほら見える。
選手の入れ替えや戦術の設定をし、試合開始。
6年ほどのブランクがあるが、操作は身体が覚えていた。出だしこそ一方的に攻められたが、すぐに盛りかえし、ボールの保持率はほぼ同じになる。
「やっぱり若いと順能が早いね」
「自転車と同じなんですかね。一回乗れるようになったらずっと乗れる、みたいな」
「……定期的に遊んでるのにその程度か、やっぱり歳をとると反射神経が壊死するんだなって思った?」
「思ってませんけど!?」
一進一退の攻防が続く。お互い集中し、攻め、守り、また攻める。
すると珠希さんがとうとつに、
「ありがとうね、好花に付き合ってくれて」
と、ゲームと関係ないことを言う。
――……ん? 好花に?
「好花と、じゃなくですか」
「そっちも」
「……?」
「好花、わたしに似て暴走しがちでしょ?」
自覚はあるのか。
「さしずめ、子どものころにプロポーズしたんだから付き合えとかそんな感じじゃない?」
「――」
当たらずも遠からずで返事に困る。珠希さんは「やっぱりねえ」と笑った。
「だから、ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
この返事で合ってるんだろうか。
――……?
俺はリビングのドアのほうを見る。
「試合中によそ見とは余裕だな!」
「いえ、なんか物音がした気が……」
気のせいか? 好花たちが帰ってくるにはまだ早いし。
珠希さんは話をつづけた。
「で、まあ、なにが言いたいかというと……。――もし気持ちが付いていかなくなったら、無理に約束を果たすことはないからねってこと」
「はい?」
「あ、勘違いしないでね。わたしは丸瀬くんが好花と付き合ってくれて嬉しいし」
「じゃあどういう」
「君の律儀さが君を傷つけることのないようにね、って話。――今の言い回し格好よくない?」
「それを言わなければ格好よかったんですけど」
「ま、気楽にねってこと。ゲームみたいなものだと思って」
「……」
珠希さんは伝えたいことを伝えきったらしい。その後は黙ってゲームに集中している。
そういえばこのひと大人だったな、と失礼ながら今さら思った。変に介入してくることなく、圧をかけることもなく、一歩引いたところから見守りながら、逃げ道まで用意してくれている。
――でも……。
俺は一言だけ返事をした。
「俺、ゲームは真剣にやるタイプなんで」
珠希さんはふっと笑い、
「そう」
とだけ、つぶやくように言った。
その後、三十分近くの死闘の末、ついに試合終了を告げる笛が鳴った。
結果は三対〇。
俺の負け。
「この流れで丸瀬くんが負けたら駄目じゃない!?」
「真剣に取り組んだ、というところは評価していただければ……」
そのときリビングのドアがガチャっと開いた。
「た、ただいま~」
買い物袋を携えた好花と、その後ろから樹さんが入ってくる。
「は~、重かったな~。デザートだけのつもりだったけど結局ジュースとかも買っちゃっし~」
などと独り言のようにつぶやきながら、買ってきた品物をせかせかと冷蔵庫に入れていく。
なんだか好花が挙動不審だ。しかもなぜか俺と目を合わせない。
樹さんが言った。
「財布もスマホも忘れて一回戻、ふぐぅっ」
なにを思ったか好花が樹さんのパンツの裾をめくり、すね毛を引っこ抜いた。
「あ、ごめん。虫かと思って」
「な、なんで……」
樹さんは顔を歪めてしゃがみこむ。
「いいから口を閉じて、冷蔵庫に入れるの手伝って。でなければ次は一匹じゃすまんぞ」
「か、かしこまりました……」
――……?
ともかく親子の仲が良さそうでなによりだ。
その後、デザートのバニラアイスを食べながらみんなで桃○郎電鉄をたっぷり遊び、日が暮れたころ俺は宇多見家を辞した。
帰り道、見送ると言ってついてきた好花がそのまま並んで歩いていた。
「どこまで見送るつもりだ」
「いいでしょ、べつに」
「良くはないだろ。もう暗いし」
「……じゃあすぐそこの公園まで」
なにか話したいことでもあるのかと思ったがそういうこともなく、ただただ無言で俺の隣を歩く。
そのまま公園に到着し、ここでお別れ――と思いきや。
「ちょっと寄ってかない?」
などと言う。
「べつにいいけど……」
今日はフルで予定を空けてるし。まあ空けるまでもなく空いていたんだが。
公園のベンチに並んで座る。しかしやはり口はきかないし、目も合わせない。
沈黙に耐えきれず、久しぶりに会った好花の両親の話でもしようとしたその瞬間、好花が俺に寄りかかってきた。
――……え?
以前みたいにべたべたするという感じではない。そっと身体をくっつけ、俺の肩に頭を乗せている。
「柊真……」
そして小さな声で言った。
――ええ……?
今、名前で呼んだよな。あんなに照れてたくせに。
いつもみたいになんだかんだと言い訳してくることもなく、好花はしばらくのあいだ俺に身を預けた。
なんだか今までで一番、『恋人』という感じがした。
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