第17話 きれいって言えない
学校のプール脇にある縁石に腰掛け、好花と一緒に昼食をとった。
刑部さんのリサーチどおり、授業や部活の時間以外でここに人がやってくることはまずなく、くわえて刑部さんの監視もなくなったため、校内で唯一、好花とふたりきりで落ち着ける場所だった。
昼食を終え、Vtuberの面白かった切り抜き動画の情報を共有していたとき、好花が思い出したようにスマホをいじり、
「見てこれ。わたしの女」
と、得意げな顔で俺に画面を向けた。
そこには二次元美少女キャラのイラストが表示されていた。
「なんのキャラだっけ、これ」
好花はますますドヤ顔になる。
「わたしのオリキャラ」
「は? お前が描いたのか?」
「違う違う、そうじゃない。画像生成AIってやつ」
「あ~、あれか。ちょっと興味あるけどなんか面倒くさそうでな」
「英単語の命令を覚えて、あとはトライアンドエラーするだけだよ」
「意外と簡単なのか」
「うん。最近の平均睡眠時間一時間くらいだけど簡単簡単」
と、好花はバキバキの目で言った。
一度手をつけたら自分が納得できるレベルに到達するまでやめられない。俺たち内向的オタクの悲しき業だ。
「それよりさ、どう?」
「なにが?」
「めっちゃきれいでしょ?」
金髪ツインテール、片目隠れで、白いワンピースを着た少女が草原で風に吹かれてたたずんでいるイラストだ。
「色合いが爽やかだな。草原、ワンピースの組み合わせは鉄板だし」
「きれいだと思わない?」
「多くの人に好まれるイラストだと思う」
「ふうううぅぅぅ……」
好花は呆れたように長い息をついた。
「え、なにそのリアクション」
「柊真ってさ、絶対に『きれい』って言わないよね」
「そうか?」
「そうです! 回りくどいの!」
「いや、このイラストが一般的に言われる『きれい』に属する類であることは俺も理解している」
「回りくどい……!」
「誠心誠意、言葉を尽くして褒めてるんだろ。なにが不満なんだよ」
「なんでシンプルに『きれい』って言わないの?」
言われてみればたしかに、俺は『きれい』という言葉をほとんど使わない。口にしようとすると喉のあたりでブレーキがかかる感じがする。
素直に褒めるのが恥ずかしい、というのともちょっと違う。
――『きれい』とかそういう言葉ってもっとこう……、心の底から湧き出てきて、つい口から溢れてしまうような……、そういう感動を伴う言葉って感じがするんだよな。
なんにでも『きれい』のハッシュタグをつけると、言葉が陳腐化してつまらないものになってしまう気がする。
――うわっ……俺の考え、ひねくれすぎ……?
でも仕方がない、こういう性質なのだから。
「『きれい』って言ってよ!!」
「なんでそんなに必死なんだよ」
「『可愛い』でも可!」
「キャラへの感情移入エグくない……?」
そのときプールの水面が揺らいだらしく、反射した陽光が俺たちの背後の壁をきらっと照らすと、好花は、
「っ!?」
と、ちょっと大げさなくらいびくりとした。
「身も心も夜行性になりすぎだろ」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあなんだよ」
「……ううん、たいしたことじゃないし。――それよりAIの使い方、教えてあげようか?」
「おお、頼むわ」
基本的な使い方を教わり、『しっぽがもふもふのケモミミ幼女』の出力を試みて、なぜか犬の耳みたいな形の家の中にたたずむ幼女の画像が生成された。
「なんだよこの超解釈……!」
好花は爆笑している。
結局、昼休み終了を告げるチャイムが鳴るまで、俺はケモミミ幼女に出会うことができなかった。
◇
放課後、好花と下校すべく玄関付近で待つ。そのあいだ画像生成AIでケモミミ幼女の出力を何度も試したが一度もうまくいかなかった。
――やっぱり俺、美的感覚がおかしいのか……?
だからAIも俺の要求を理解できないのではないか。
俺はふと顔をあげた。
――それにしても遅いな、好花。
そのとき視界の端でなにかがきらっと光った。
「ひ、人を待たせてるんでぇ~……!」
そして好花の震える声。
声のしたほうを見ると、すらりと背の高いポニーテールの女子が好花を下駄箱に追いつめて壁ドンしていた。
――なにこの状況……。
ポニテ女子は二年生のようだ。きらっと光ったのは、彼女が首から提げている一眼カメラのレンズらしい。
「困った顔もきれいだ……。その美しさをこのカメラで切りとらせておくれよ」
「はわ、はわわ……」
押しに弱い好花は今にも白目をむいてぶっ倒れそうだ。
「ちょいちょいちょーい!」
俺はふたりのあいだに割って入った。
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