第15話 お母さんの策略

 新・宇多見家をぐるりと見回して俺は言った。


「広いですね」


 マンションってもっと手狭なイメージがあったけど、リビングダイニングは広々としているし、部屋も多そうだ。


 珠希さんが言う。


「丸瀬くんがいつ転がりこんできてもいいようにね」

「転がりこみませんよ!」

「遠慮しなくていいのに」

「遠慮とかじゃなく――」

「それよりこっちおいで」


 ――すっごいマイペース……。


 しかし改めて、好花の親だなと感じる。美人でマイペースな珠希さんと、大人しいけどいつも楽しくなりそうなことを探している樹さん。強すぎるDNAだ。


「おふたりっていいコンビですね」

「でしょ? 珠希と樹、合わせて『たまき』!」

「樹さんいなくなっちゃってますけど」


 樹さんは静かに笑っている。なぜかまんざらでもない様子だ。


「それよりほら、座って」


 と、珠希さんはダイニングテーブルを手で示す。


 そこにはローストビーフやサラダ、瓶ビールなどが置かれていた。


「昼間から……!?」

「ビールを苦い顔で飲んで、グラスをコン! って置いて、『娘はやらん!』ってやつをやりたかったから」

「もうやっちゃったじゃないですか」

「まあまあ、細かいことは置いといて。それよりうちの樹特製のローストビーフ、食べてよ」


 四人は席につき、大人組はビール、子ども組はオレンジジュースで乾杯した。


 珠希さんはビールを一気に飲み干すと、コン! とグラスを置いた。


 ――来るか……。


 俺は身構える。


 珠希さんは苦い顔で言った。


「まっず……」

「味の感想!?」

「ふだんお酒飲まないから」

「まあ飲まなくても酔ってるみたいなテンションですもんね」

「えへへ、そう?」

「褒めてはないです」

「ちょっと失敗しちゃったから、あとは『交際を認めてほしいと土下座してお願いするカレシをビール瓶で殴るくだり』をやらせてもらっていい?」

「そのくだり、珠希さんが思ってるほどスタンダードじゃないですよ」


 ふつうに死ぬし。


 好花が口をはさむ。


「お母さんテンション高すぎ。も困ってるじゃん」


 俺は彼女の顔を見た。彼女は顔をそらした。


 対策済みとか言っていたから、俺の名前を呼べるようになったのかと思ったら、代名詞で逃げきるつもりか。


 樹さんがくつくつと笑っている。


「丸瀬くんが……困ってる……くく……」


 ――あなたも原因のひとつですけどね!


 俺はローストビーフを口に運ぶ。


 そして頭を抱えた。


 ――めっちゃうまい……!


 昔から無駄に料理がうまいんだよなこの人。もう気持ちが乱高下しすぎてなにがなにやら分からない。


 その後も宇多見家の面々は自由にふざけ散らかしたが、そのたび俺は口に食べ物を入れてやり過ごした。


 やがてテーブルの上の食材があらかた空になる。


「やっぱり男の子はたくさん食べるね」


 と、珠希さんが言った。


 このカオスで、食べることしか拠り所がなかっただけだ。いやまあ、たしかにめちゃくちゃうまくはあったんだけど。


「樹、デザートは?」

「ないよ」

「なんで」

「オレンジのシャーベットを作ろうと思ったんだ……」

「じゃあなんでないの?」

「いいオレンジが手に入らなかったから、それなら作らないほうがまし……」


 ――こだわりがすごいな!?


 さすが好花の父親。


 珠希さんは優しく微笑む。


「その気持ち、分かるよ。でも、こうも考えられない? せっかくのおいしい料理にデザートでピリオドを打ってあげないと、それこそ不完全だと」

「!! 買ってくる……」


 さすがパートナー。操縦方法をよく分かってらっしゃる。


 珠希さんは好花にも目を向けた。


「悪いけど一緒についていってあげて。樹だけじゃ時間がかかりそうだから」

「え、でも――」

「好花のセンス、見せてほしいなあ」


 好花はへらっと笑う。


「しょ、しょうがないなあ。じゃあ行ってくる」


 ――こっちも操縦された……。


 オタクはセンスを褒められると弱い。


 ふたりは身支度を整えて部屋を出ていった。


 俺と珠希さんが取り残される。


「さて、やっと準備が整った」


 珠希さんが言った。


「え、なんの準備ですか」

「やっと丸瀬くんとふたりきりになれたんだよ? ならやることなんて決まってるでしょ?」


 珠希さんの目が怪しく輝いた。

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