第82話 幸福に包まれて
後日、アシュレイは二度も国を守った功績が認められ、伯爵位と領地、多額の報奨金を授与された。
戦争中に負った傷は順調に回復し、さいわいにして後遺症も全くない。
約束していた結婚指輪も三人で買いに行き、式の日取りも決めた。
アシュレイが仕事で成功をおさめる一方、私にも人生の転機が訪れた。
国立劇団の主催者に、うちで働かないかとスカウトを受けたのだ。
なんでも、魔道録音機のナレーションを聞き、私の演技力や表現力を高く評価してくれたらしい。
『ぜひうちの劇団員に』と積極的に誘われたが、正直迷っていた。
これからはアシュレイの妻として、またイアンの母親としての務めもある。
それに、王国一有名な劇団のメンバーとしてやっていけるのか自信もない。
だが、思い悩む私の背を押してくれたのは、やはり家族だった。
『家のことなら俺も協力するし、使用人も増やそう。あまり気負わず、お試しでやってみたらどう?』
『僕なら大丈夫だよ!ビッキーのお芝居見てみたーい!』
二人の力強い言葉に励まされ、私は今世でも女優としての一歩を踏み出した。
そして年の瀬が近づく寒い日。
オスカーの母親である王妃陛下が、心臓の発作により急死されたと王室から発表があった。
また、かねてから病の床についていた国王陛下も後を追うように亡くなられ、王室の相次ぐ不幸に国民も喪に服すこととなる。
そんな中、ルイス第一王子が新国王に即位し、年明けすぐに第一子となる王子が誕生。
おめでたいニュースにより、沈みがちだった国内の雰囲気は次第に明るさを取り戻していった。
一方、私たちも充実した毎日を送るうちに、あっという間に時は過ぎ。
季節は凍てつくような冬から、生命の息吹満ちあふれる春へ。
色とりどりの草花が咲き誇る春爛漫の日――。
私とアシュレイは、結婚式当日を迎えた。
「それでは、誓いの口づけを」
司祭に促され、ベールがそっと持ち上げられる。
顔を上げると、愛しい人と目が合った。
タキシードに身を包んだアシュレイは、いつも以上に麗しい。
まばゆい美貌を綻ばせ、彼は囁いた。
「愛している」
「ええ、私も」
目を閉じると、唇に誓いのキスが捧げられた。
直後、溢れんばかりの拍手と歓声に包まれる。光に満ちた白亜の教会内が、人々の笑顔と「おめでとう!」という祝福で満たされた。
式場は、郊外にある小さな教会。
招待客は、マクガレン一家やジェイクをはじめとしたアシュレイの騎士仲間や屋敷の使用人たちなど、親しい人ばかりの小さな挙式だ。
私もアシュレイも、両親や親族はひとりも呼ばなかった。
でも寂しくはない。だって、私たちにはもう大切な家族がいるから――。
タキシードを着た小さな紳士が、大きな花束を持って近付いてくる。
すごく緊張しているのか、ぎこちなく歩くイアンに、その場の人々が和やかなほほ笑みを浮かべる。
「こんな素敵な奇蹟を起してくれた神様に、感謝しなきゃね」
「神様だけじゃなく、俺たちの恋のキューピットにも感謝しなきゃいけないよ」
ゆっくり近付いてくる恋のキューピットを見つめながら、私は「ふふっ、そうね」と応えた。
目の前に来たイアンは、満面の笑顔で花束を差し出した。
「アシュレイ、ビッキー。二人とも、おめでとう!!」
「「ありがとう」」
私とアシュレイに同時に抱きしめられた恋のキューピット――もといイアンは「へへっ」とはにかんだ。
三人で抱き合う私たちに、より大きな拍手と祝福が贈られる。
歓声に混じってマクガレンの男泣きがしたり、「パパ恥ずかしいわ」というおませなキャシーの声が聞こえてきたり、会場はとても賑やかだ。
隣を見れば、愛する人と愛しい息子がいる。
賑やかな笑い声と幸福に包まれたこの瞬間を、私は生涯忘れない――。
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