第81話 家族サービスの刑に処す!
何も言わず互いの存在を確かめ合っていると、少し離れた場所からズビッと鼻をすする音が聞こえてきた。
視線を向けると、マクガレン隊長が真っ赤な目でこちらを見つめている。隣に立つ夫人が苦笑しながら、夫にハンカチを差し出した。
アシュレイは私から体を離すと、マクガレンに向かって軽く頭を下げる。
「マクガレン隊長、この度はご心配をおかけしました」
「ったく、心配したなんてもんじゃねぇぞ! 俺が『死ぬなよ』なんてお前に言ったから、死亡フラグ立てちまったかと思ったじゃねぇか! 無事なら報告しろよな!」
「オスカー殿下に気付かれないよう、秘密裏に帰還したかったのです。勝手な行動をお許し下さい」
「駄目だ。許さねぇよ」
「ちょっとあなた、何を言ってるんですか! アシュレイさんはオスカー殿下の陰謀を暴くために行動していたんですよ。ねぇ?」
たしなめる夫人にかまわず、マクガレンは頑として『許さん』と腕組みして言った。
「報告、連絡、相談が出来ねぇ部下にはお仕置きが必要だ。つーわけで傷が癒えるまで、お前は家族サービスの刑に処す!溜まりに溜った有給休暇、少しは使いやがれ」
「隊長……ありがとうございます」
マクガレンは豪快にガハハと笑うと、夫人を伴って去って行った。
仲睦まじい先輩夫婦の後ろ姿を眺めていると、ジェイクが駆け寄ってきて敬礼した。
上司の無事を確認し、感極まった様子で目を潤ませている。
「ジェイク、お前にも心配かけたな」
「無事で何よりっす」
二人は言葉少なに互いの無事と健闘をたたえ合う。
「この魔道録音機は、証拠確認のため少し預からせて貰いますよ。では隊長、良い休暇を」
そう言って、ジェイクはクマ人形を携え、軽く一礼して詰め所の方に去って行った。
「俺たちも行こうか」と、アシュレイが私の手を握る。私は頷き返し、繋ぐ手にそっと力を込めた。
「ええ、帰りましょう。私たちの家に――!」
それから、馬車に乗り込むまでずっと、すれ違った騎士や貴族、市民はみなアシュレイを尊敬と感謝の眼差しで見つめていた。
車内で二人っきりになると、アシュレイは私の肩を引き寄せ抱きしめた。
頬や唇に口づけする表情はとても幸せそうだ。
笑顔の彼を見つめながら、私は思わずふふっと微笑んでしまった。
「なぜ笑うの? 俺の顔に何かついてる?」
「いえ、何も。ただ、ちょっと昔のことを思い出しちゃって。初めて会った時のこと、覚えてます? 私が階段から落ちそうになった戦勝記念パーティのこと」
「もちろん。それほど時間は経っていないはずなのに、なんだか懐かしいな」
「ええ、本当に。アシュレイ様ってば、すごく嫌そうな顔で私のことを抱き上げていたでしょう?」
「嫌そうな顔なんてしてないよ!」
「じゃあ、重かった?」
「いいや、全然。君は羽のように軽かった」
その答えを聞いて、私はまた笑ってしまう。
初めて会った時の彼は無口、無表情、無愛想で、とても話しかけられる雰囲気じゃなかった。
それなのに――。
今は優しく抱きしめられて、宝物のように大事にされている。
胸の内に、くすぐったいような甘酸っぱいような幸せな気持ちが広がって、私はまたクスクス笑った。
「また思い出し笑い? はいはい、どうせ昔の俺は無愛想でしたよ」
「もう、拗ねないで。人生なにが起きるか分からないなぁって思っていただけよ」
「それは、俺も同感」
アシュレイは目を優しく細めると、私の顎に指をかけて唇を重ねた。
逞しい腕に抱かれ、クラクラするほど熱く甘いキスにしばし酔いしれる。
ガタンと馬車が揺れて唇がはなれた瞬間、私は夢から覚めたように目を開けた。
「もう着いたのか。あっという間だったな」
アシュレイの呟きを、私はキスの余韻でぼんやりしながら聞く。
御者が馬車の扉を開くと、走ってくるイアンの姿が見えて、夢心地から一気に覚醒した。
「ああっ、あんなに走ったら転んじゃう!」
「あははっ、うちのワンパク怪獣が元気で良かった」
軽快な笑い声を上げながら、アシュレイは馬車を降りる。
そして差し出された手を取り下車した私を、アシュレイはひょいっと抱き上げ歩き出した。
「あ、アシュレイ様!? ダメです! イアン様が見ています!」
「別に見られても問題ないだろう? 初めて会った時の名誉挽回させてよ」
「だって怪我も……」
「君が暴れると傷が開くかもね。だから大人しくしていて」
そう言われると、動くわけにはいかない。
大人しくなった私を見おろして、アシュレイはさらに楽しそうに笑った。
そんな私達の元に、イアンが駆け寄ってくる。
「アシュレイ、おかえり!」
「イアン、ただいま」
「へへっ、二人とも早速いちゃいちゃしてるぅ~」
イアンの言葉に真っ赤になる私と、「そりゃあ夫婦だから」と何故かどや顔するアシュレイ。
私は彼の腕の中から下りると、三人で手を繋いだ。
イアンを真ん中にして、横一列に並んで屋敷への道を歩く。
三人が揃い、しみじみ実感する。
あぁ……ようやく平穏な日常が戻ってきた。
アシュレイも同じ気持ちなのか安堵の表情を浮かべている。
「あっ、アシュレイ、ビッキー。雪だ! 雪が降ってきたよ!」
空を見上げてイアンがはしゃいだ声をあげながら、ふわふわした雪を両手で捕まえた。
「もう冬か。なんだか、あっという間だったな」
「ほんと、怒濤の日々でしたわ。ねぇ、イアン様、寒くないですか?」
イアンが「ぜんぜん、寒くないよ!」と満面の笑みを浮かべる。
「アシュレイとビッキーがいれば、冬も寒くないし寂しくない! そうでしょう?」
輝く笑みを向けられた私とアシュレイは顔を見合わせ――。
「ええ、そうね」
「三人でいれば、寒くないな」
幸せを噛みしめながら、温かな我が家へ足を踏み入れた。
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