第80話 見苦しいぞ、オスカー

「お前には心の底から失望したよ」


「ち、父上! これは何かの間違い……いや、陰謀です! 僕はこの者たちに嵌められ――」


「やめよ。見苦しいぞ、オスカー。王族たるもの、常に民に寄り添わなくてはならない。だがお前は平然と民をおとしめ、失言と不適切な言動を繰り返してきた。お前は王族に相応しくない」


「あなた! 確かにオスカーは罪を犯しました。ですが、王族に相応しく無いだなんて――」


 愛息子を庇おうとする王妃を、国王がギロリと睨む。

 さすがの王妃も閉口せざるを得なかった。

 

「オスカーがこのように愚かになったのは、末息子可愛さに甘やかしてしまった我々の責任。最後の沙汰を下すのも、国王として、いや、親としての責務であろう」


「父上……母上……」


 玉座に駆け寄ってすがりつこうとするオスカーを、国王が片手を挙げて制する。合図を受けた騎士がすぐさま進路を阻み、身柄を拘束した。


「父上、父上――!」


 オスカーの必死の叫びも虚しく、国王の決心は変わらなかった。


「この国を統べる者として命じる。第二王子オスカーから王族としての地位を剥奪し、禁錮刑に処す」


「そ、んな……嫌だ。なぜ、僕がこんな目に……。僕は悪くない! 母上、ははうえ、たすけて!」


 騎士に両腕を掴まれ連行されていく。オスカーは、大広間を出る直前まで『父上!母上!』と叫んでいた。


 パタンと扉が閉まり、悲鳴がだんだんと遠ざかる。


 オスカーが去った扉を見つめ、第一王子が呆れた様子で呟いた。


「他人を虐げ、命を奪うことに何の罪悪感も抱かないとは。我が弟ながら呆れる。己の悪行を自覚できない事こそ、お前の最大の罪だよ」


 その後、ロジャースを訴えないとアシュレイが表明したことにより、実行犯である彼には特別恩赦が下りた。

 

 さらに勝利の真の立役者であるアシュレイには、最大の名誉である勲章が授与され、後日さらに褒賞が与えられることとなった。


 

「騎士の諸君、此度の戦、誠に大義であった」


 

 国王陛下の労いの言葉とともに、波乱に満ちた戦勝記念パーティは静かに幕を閉じた――。



 

「ビクトリア――!」


 終宴しゅうえんと同時に、アシュレイが駆け寄ってきて、私の体を強く抱きしめた。



「おかえりなさい。無事に帰ってきてくれて……ありがとう」


「ただいま。心配かけてごめん」


 謝らないでと、私は首を横に振った。

 込み上げる喜びで胸がいっぱいになり、あふれる涙で言葉が詰まる。


 私を抱きしめたまま、アシュレイが耳元で優しく囁いた。

 

「俺が生きていられるのは、君のおかげだ」


「私?」


「ああ。崖から落ちた瞬間、正直、死を覚悟した。そんな時、君の声が聞こえた気がしたんだ。――『無事に帰ってきて』って。生まれて初めて、死にたくないと思った。君の存在が俺の生きる理由になったんだよ」

 

「アシュレイ……」

 

 顔を上げ、指先でそっとアシュレイの前髪に触れる。額には包帯が巻かれており、消毒液のツンとした匂いに混じって、かすかに鉄のような血の匂いがした。

 

「怪我は大丈夫なの? お医者様にはきちんと診てもらった?」


「大丈夫、大したことないよ。すぐに治るさ」


「良かった……」


 再び安堵の涙が込み上げてきて、私はアシュレイの胸に顔を埋める。頭をゆっくり撫でられながら、私は幸せを噛みしめた。

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