第78話 ビクトリアを捕らえろ!
「嘘でしょ」
「アシュレイ様が殿下を殺害しようとしたの?」
「自滅って、一体どういうことなんだ……」
人々が口々に囁き合う。
……あり得ない。アシュレイがそんなことをするはずがない!
オスカーが辺りをぐるりと見回し、私を見つけた瞬間、勝ち誇ったように目を細めた。
「あなたを殺そうとしたとは……一体どういうことです?」
オスカーの実母である現王妃殿下が、我が子を案じる母の顔でオスカーに問いかける。
「奴は戦場で乱心したんですよ! 作戦会議で僕と意見が対立して憤慨していましたからね。初陣の僕に手柄を取られるのが、許せなかったんでしょう」
玉座からやや離れた場所にいる第一王子が、王妃とオスカーに冷めた眼差しを向ける。
まるで『なんて馬鹿馬鹿しい茶番劇だ』と言いたげな様子だ。
だが、オスカーは冷ややかな視線をものともせず話し続ける。
「戦場で奴が僕に剣を向けた瞬間、親衛隊長のロジャースが身を
するとその時、隊列からもうひとり騎士が前に出てきた。
アシュレイの部下ジェイクだ。
何故か片手には、私がアシュレイに渡した桃色のクマ人形を携えている。
「わたくし、第一騎士団所属のジェイクと申します。殿下のお話の途中で恐縮ですが、皆様に聞いて頂きたいものがございます」
「何だ、それは」
「これは記録のため、作戦会議中の会話を録音した魔道具です」
怪訝な顔をするオスカー。
無言で頷き、ジェイクに許しを与える陛下。
固唾をのんで状況を見守る騎士と聴衆。
「みなさま、よくお聞き下さい」
大勢の前で、ジェイクは再生ボタンを押した。
すると、しんと静まり返った大広間にオスカーとアシュレイの声が流れる。
『目に見える戦果がなければ、僕の武勲を証明できないだろう』
『殿下、武勲よりまずは国民のことを最優先にお考え下さい』
『うるさい! 大義を成すためには犠牲はつきものだ。逃げ遅れているのは、どうせ孤児か、病気の役立たずか、老人だろう? そんな生産性のない輩など、守るに値しない!』
オスカーの愚かな発言の数々に、その場にいた人々は――国王と王妃さえも、眉をひそめた。
自分の利益のため、国民の危険を顧みず、無謀な策を実行しようとしたオスカー。
公衆の面前で、失言と愚策の証拠を垂れ流しにされた彼は、顔面蒼白で「止めろ!」と叫んだ。しかし国王陛下に睨み付けられ、ぐっと押し黙る。
恐らくこの音声はアシュレイが念のため隠し撮りし、ジェイクに託してあったのだろう。
どちらが正義で悪なのか、一目瞭然ならぬ一聴瞭然だった。
「――このように、殿下とアシュレイ隊長は確かに対立していました。ですがお聞きのとおり、隊長はこの国のために戦う忠義の騎士です。殿下に剣を向けるなどあり得ません」
「僕が嘘をついているというのか!? もういい! 現にここに奴は居ない、それが答えだ。王族への反逆は死に値する大罪。奴だけでなく、その家族も同罪だ」
オスカーは勢いよく振り返り、私のことを指さした。
「衛兵――! そこにいるアシュレイ・クラークの妻、ビクトリアを捕らえろ!」
壁際に控えていた衛兵たちが私の周囲を取り囲む。
オスカーがゆっくりとした足取りで近付いてくる。愉快だといわんばかりに歪んだ笑みを浮かべ、私の耳元で囁いた。
「アシュレイ・クラークも可哀想な男だ。君と関わったばかりに、命を落とすことになったんだよ。はははっ――!」
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