第76話 早く早く! パレード始まっちゃうよ!

 アシュレイが旅立った数日後、敵艦の襲来が新聞で報道された。


 隣国からの侵攻に国民は動揺したが『精鋭部隊が既に対応している』という騎士団の発表により、人々は落ち着きを取り戻した。


 特に、救国の英雄アシュレイ・クラークへの国民の信頼度は高い。


 街を歩けば『英雄がいるなら大丈夫さ!』『アシュレイ様ならきっと、この国を守って下さるわ!』という市民の声が聞こえてきた。

 

 私もそう信じている。

 ……けれど、どうしても不安な気持ちは拭えなかった。



「ビクトリアさん、大丈夫?」


 正面に座るマクガレン夫人から声をかけられ、私ははっと顔をあげた。


「あっ、少しぼうっとしてました。すみません」


「いいのよ。目の下に隈が出来ているわ。あまり眠れていないんじゃない?」


「実は、あまり……」


「そうよね。私も初めて主人が大きな戦争で前線に出たときは、不安で一睡もできなかったわ」


 マクガレン夫人は遠くを見つめながら過去を語った。視線の先ではキャシーとイアンがキャッキャとはしゃぎ声を上げてカードゲームをしている。


 夫人がキャシーを連れてきてくれたおかげで、不安そうな顔をしていたイアンも、今ではニコニコご機嫌な様子だ。


「心配だとは思うけど、きちんと食べて寝なきゃ。あなたが倒れてしまったらイアン君が悲しむわ。元気な姿で、帰ってきた夫を迎えてあげましょう」


 穏やかな夫人の言葉に、私は力強く「はい!」と頷いた。


 平穏な日常を守るためにアシュレイは戦っている。

 だったら私も、留守をしっかり守り抜かなきゃ――!


 マクガレン夫人の訪問により気力を取り戻した私は、よく食べよく寝て、いつも以上に健康的に過ごすようになった。


 侵攻が報道された当初は『アシュレイ、大丈夫かな』と泣きそうな顔をしていたイアンも、明るく振る舞う私につられたようで、いつもの元気を取り戻していった。


 

 そして開戦から程なくして、我が国の勝利が大々的に報じられた。



◇◇

 

 その日、私とイアンは凱旋パレードに来ていた。

 街頭は多くの見物人でごった返している。

 

「ビッキー、早く早く! パレード始まっちゃうよ!」


「転びますよ、気をつけて!」


 私たちはカフェの二階テラス席を予約し、パレードを見守ることにした。


 先頭を歩くのは華やかなファンファーレを奏でる楽隊。続いて歩兵や騎馬兵が隊列を組んで行進してくる。


 騎馬兵の先頭に立つのは、オスカーだった。


 多くの兵を引き連れ、一際目立つ白銀の鎧と赤いマントをまとっている。その後ろにはマクガレンの姿があった。


「あれ? アシュレイ、どこだろう?」


 二人で手分けして探すが、アシュレイの姿が見当たらない。


 とてつもなく嫌な予感がした。


「ビッキー……。アシュレイ、僕のパパみたいに戦争で……」


 目を潤ませ、眉をへの字にするイアン。

 泣く寸前の少年を抱きしめて、私はことさら明るく言った。


「大丈夫ですよ、イアン様。ヒーローは遅れて登場するものです! いまアシュレイ様が登場したら、オスカー殿下より目立ってしまうでしょう? きっと王子様に遠慮したんですよ」


「そっか……うん、そうだよね! じゃあ、早く帰ってアシュレイを待とう!」

 

 私はにっこり笑ってイアンと手を繋ぎ、カフェを出て馬車に乗り込んだ。

 

 

 きっと大丈夫……。必ず帰ってくる。



 そう思いながらも、最悪の事態を想像してしまう。

 

 マクガレン夫人から聞いた話によると、騎士が亡くなった場合、騎士団からすぐに連絡がくるらしい。

 

 殉職した騎士の身につけていた認識票と、戦没者遺族への支援金の申請書が送られてくるのだとか。

 

 屋敷に不吉な知らせが届いていたらどうしよう。


 とてつもない不安感と焦燥感に駆られながらも、必死に笑顔を取りつくろう。


 パレードのせいで渋滞しているからか、それとも私の心に余裕がないからか。家に着くまでがやけに長く感じられた。



「ただいまぁ!」


「イアンお坊ちゃま、ビクトリア様、おかえりなさいませ」


 屋敷に戻ってきた私たちを真っ先に出迎えたのは執事だった。

 

 彼は、イアンがリビングに消えたのを確認して、私にそっと一枚の手紙を差し出してきた。


「先程、早馬で届きました。ビクトリア様宛てです」


 早馬で届いた知らせ――。

 

 まさか……。

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