第73話 殿下のお守りは俺にお任せを
決意を新たに立ち上がった時、天幕にジェイクが入ってきた。
「失礼しますよ、隊長」
「普通は失礼する前に声をかけるものだろう。どうした」
「急いでたもんで、すんません。漁村の爺さんたちが『隊長に話したいことがある』って言ってるんすけど」
「避難もせず、わざわざこんな最前線に来たのか?」
「どうします?」
「危険を顧みず訪ねて来てくれたんだ、もちろん会うさ」
「分かりました。みなさーん、うちの隊長が話きくんで、こちらにどーぞー」
天幕に入ってきたのは、現役を引退した元漁師たちだった。
彼らは挨拶もそこそこに、机の上に古びた海図を広げた。
「ここの海は独特の地形をしてましてなぁ。海底がでこぼこしてるせいで、こことここ。あとここも、大型船舶は通れないんですわ」
元漁師たちの知識が、作戦の穴を埋めていく。
説明を全て聞き終える頃には、まるでパズルが完成するように、作戦がアシュレイの頭の中に出来上がっていた。
「この海については、わしらが一番よぉ知っとりますから。何ぞお役に立てないかと思って、来た次第ですわ。どうでしょ、少しはお役に立てましたかなぁ?」
「ええ。貴方たちのおかげで、良い作戦を思いつきました。この海図、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。持ってってください。この辺は小さな漁村ばかりですが、わしらにとっては大事な故郷なんです。騎士様、どうか守ってくだされ」
「貴方たちの命と大切な村をお守り致します。ジェイク。誘導班を呼んで、この方たちを安全な場所までお連れしろ」
アシュレイは漁師から受け取った秘伝の海図を手に、会議へと戻った。
中には、オスカーの姿はなかった。
マクガレン曰く「ふて腐れておねんねした」らしい。
これから敵が攻めてくるというのに、子供のようにふて寝するとは肝が据わっている。ある意味、大物かもしれない。
無駄な横やりを入れられる前にと思い、アシュレイは早速本題に入った。
「俺に策があるんです。まずはこれをご覧下さい」
机の上に広げた海図を、マクガレンをはじめとした騎士達がしげしげと見つめる。
アシュレイは順を追って作戦を説明した。
ひとりでは気付かなかった空白を、他の騎士が知恵を出し合って埋めていく。
「では、詳細はそのように。誘導作戦の総指揮は――」
マクガレンが手を挙げた。
「戦場デビューの王子にゃ荷が重すぎる仕事だ。海の方はこちらに任せろ。ただ、あのお荷物王子は連れて行けねぇ。アシュレイ、お前は陸上の指揮と……」
「殿下のお守りは俺が」
「わりぃな。海で敵艦隊とやり合いながら、アレのお守りをするのは、いくら俺でもキツいわ」
困り顔で頭をガシガシ掻くマクガレン。
鬼の隊長と呼ばれた彼を、こんな風に困惑させられるのは、この世でオスカーくらいかもしれない。やはりあの王子、意外に大物だ。
最終確認が済んだところで、マクガレンが各隊の隊長騎士をぐるりと見渡した。
「俺から言うことはひとつだ。絶対に死ぬな。テメェの命も守れねぇ奴に、国だの民だのは守れねぇよ。生きて、この国の盾となり剣となれ――!」
作戦開始の合図と共に、騎士達の気迫に満ちた声が響き渡った。
それから数時間後。
霧の立ちこめる海の向こうから巨大な敵戦艦が姿を現した。
魔道望遠鏡で敵船を確認したオスカーは、あまりの大きさにその場で無様に腰を抜かした。
側に控えるアシュレイへ「な、なんだあれは!」と怯えた顔で喚き散らす。
「我が国の船の三倍はあるじゃないか! こちらの船など、まるで小魚のようだ……。ほ、本当にお前の策で勝てるんだろうな!?」
「小魚には、小魚なりの戦い方があるのですよ」
「――は? 何を言っているんだ……」
敵船の巨体が轟音をあげて傾くのを確認して、アシュレイは不敵に笑った。
「オスカー殿下。今から、小魚が鯨を食うところをご覧に入れましょう」
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