第72話 こちら家で待機してるイアンとビッキーです!

「なんなんだ、あの王子は!」

「王族の風上にも置けないな」

「あれが指揮官で、本当に勝てるのか?」


 怒りと呆れで騎士達が一斉に騒ぎ出す。


 近付いてきたマクガレンが、アシュレイの肩を叩いた。


「すみません。堪えきれず言ってしまいました」


「いや、お前が言わなかったら、俺が一発ぶん殴っていた。お前に憎まれ役を押しつけちまって、悪かったな」


「殴るのはまずいですよ。今ここでマクガレン隊長がいなくなったら、俺たちは無能な指揮官の下で無駄死にすることになる。生きて勝つためなら憎まれ役の一つや二つ、喜んで引き受けます」


「ったく。そういう正義感の強いところはフレッドそっくりだな。まさに類は友を呼ぶだ」


「そんなに似ているでしょうか?」


「似てるよ。そっくりだ。だから心配になる。お前は死んでくれるなよ、アシュレイ」


 口調は軽かったが、マクガレンの目は本気だった。


「もちろん。死ぬつもりなんてありません。家族が待っていますから」


「だな。さっさと終わらせて、俺もお前も、家に帰らにゃいかんなぁ。それじゃ、俺はふて腐れ王子のご機嫌取りに行きますかね」


 マクガレンはもう一度アシュレイの肩を叩くと、周囲を見渡して言った。


「お前らも自分の天幕に戻って少し休憩してこい。一時間後に再集合だ」


 解散の号令と同時に、人々が天幕から出て行く。

 

 アシュレイも自分のテントに戻り、椅子に座ってため息をついた。


 

 控えめに言って、状況は最悪だ。


 明日の未明には敵戦艦が攻めてくるというのに、民の避難は終わらず、作戦立案も難航している。


 さらには指揮官オスカーへの不信感で、騎士の士気も低い。


 せめて敵船を駆逐する有効な手立てが見つかれば、士気もあがるのだが……。


(気分転換しよう)


 アシュレイはポケットに入れていた桃色クマ人形を取り出した。背中にある『1』の再生ボタンを押す。


 すると、すぐさまイアンの元気な声が聞こえてきた。


『ビッキー、これちゃんと録音できてるのかなー?』


『ランプが点滅してるから、ちゃんとれているはずですよ』


『そっか! あーあー。こほん。こちら家で待機してるイアンとビッキーです! アシュレイ、怪我とかしてない? 風邪ひいてない? ちゃんと食べて寝るんですよ! あと夜更かししちゃ駄目だからね!』


『夜更かしするのは、主にイアン様じゃないですか?』


『ぐうぅ』


 いつもアシュレイに注意されていることを、お返しだと言わんばかりに吹き込むイアン。

 だが、ビクトリアにやんわりツッコまれて、ぐうの音も出ない様子で唸った。


 賑やかな二人の会話に、自然と口元がゆるむ。


『とっ、とにかく! 屋敷とビッキーのことは僕が守るから安心してね! 元気で帰ってくるのを待ってるよ』


 イアンの声が遠ざかり、話し手がビクトリアに変わった。


『私もイアン様も、あなたの無事を信じて待っています。――愛しているわ、アシュレイ様』


 ザザッという僅かなノイズのあと、音声が終了した。

 

 アシュレイは目を閉じてしばらく心地よい余韻に浸った。


 生前フレッドが『どんなに落ち込んでいても家族の声を聞くと元気になれる』と言っていたが、アイツもこんな心境だったのだな……と、身をもって実感した。


 

 ――何としてでも、帰らなければ。愛する妻と息子の元へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る