第71話 おいおい、こいつ大丈夫かよ……

 南部の港町に着くと、地元騎士の誘導で市民の避難が行われていた。


 海を一望できる場所に設置された野営地。最も大きな天幕に騎士団幹部が終結し、作戦会議が開かれた。

 

 テーブルの上に広げられた地図と海図を見おろし、騎士達の白熱した議論が展開される。

 

 戦は刃を交える前の作戦立案で勝負が決まる。


 それほど大事な会議で、唯一、話についていけていない男がいた。

 ――オスカーだ。


 意見を求められても『あ、ああ……それで良い』と同調するだけで、自ら策を提示することはない。そもそも状況を把握しているのかも怪しいものだ。

 

 相手は曲がりなりにも王子ゆえ、誰も表だって非難しないが、その場にいる騎士は全員『おいおい、こいつ大丈夫かよ』と呆れ果てていた。


 

「偵察船の報告によると、敵船は少なく見積もって六隻。海霧かいむが酷く遠くまで見通せなかったため、実際はさらに多いと思われる。さらに敵船は巨大戦艦で高性能、攻守共に我が国より優れているようだ」


「さすがは海洋国家。海上で真正面から戦うのは分が悪いな。あえて上陸させ、地上戦に持ち込むか?」


「それは賛成できかねます」と、アシュレイは首を横に振った。

 

「敵軍を上陸させれば、街は破壊され民を戦闘に巻き込んでしまう恐れがあります。誘導班の報告によると、病人や高齢者、孤児院の子どもなどの避難が遅れている様子。なるべく多くの敵艦隊を沈め、上陸を防ぐ方向で進めたいものです」


 マクガレンを筆頭に、各隊の騎士団長たちが「そうだな」と頷く。

 

 この戦いは勝てば良いという訳ではない。国民の命や住み慣れた家や街を、いかに守り抜くかが大事だ。


 それを分かっている騎士達は、性能の優れた敵船をいかに効率よく、最小限の被害で沈めるかの議論に移り始めた。


 その時、今まで沈黙を貫いていたあの男が、やけに強い口調で言い放った。


 

「僕は、アシュレイ・クラークの意見に反対だ!」


 

 賑やかだった天幕の中が、一気にしんと静まり返る。


 

 ……何を言っているんだ、こいつは。


 

 あまりにも静か過ぎて、そんな騎士達の心の声が聞こえるようだった。


 若干一名、空気を読まない王子に向かって、マクガレンが恭しく尋ねる。


「理由をお伺いしてもよろしいですか、殿下」


「敵船を沈めてしまっては、戦果が分からないだろう?」


「戦果、ですか……?」


「そうだ。目に見える戦果がなければ、僕の武勲を証明できない。敵兵を陸におびき出し、全員の首をねる。それを一つ残らず回収し報告すれば、この戦がどれほど大変なものだったのか、あまねく国中に知らしめることができるだろう」

 

 ――と、オスカーは平然と言ってのけた。


 この箱入り王子は知らないのだ。

 人の命を奪う恐ろしさも、奪われる悲しみも。

 

 命がけで任務に当たっている騎士の中で、この男だけは戦争を盤上遊戯ゲームのように軽く見ている。


 何が武勲だ。己の命をかける気概きがいもないくせに。


 アシュレイは拳をぐっと握りしめた。


 他の騎士たちが『やめておけ』と目で訴えかけてくるが、ここで王子の言いなりになっては多くの犠牲者が出るかもしれない。


 それだけは、己の騎士の矜恃が許さなかった。


「恐れながら、殿下に進言いたします」


「なんだ?」


「戦場は、あなたの武勲を証明するための遊び場ではありません」


「――なっ! 貴様ッ、なんて不敬な! 僕はこの作戦の総指揮官だぞ」


「殿下、武勲より国民のことを最優先にお考え下さい。付近には逃げ遅れている者がいます。さらに街を破壊され家を失えば、多くの民が路頭に迷う。勝つだけでは駄目なのです」


 

 戦いのあとの未来をお考え下さいと、アシュレイはまっすぐオスカーを見すえて告げた。


 周囲の騎士達もみな同調するように頷く。


 だが、アシュレイの切実な進言も、オスカーには届かなかった。

 

「うるさい! 大義を成すためには犠牲はつきものだ。逃げ遅れているのは、どうせ孤児か、病気の役立たずか、老人だろう? そんな生産性のない輩など守るに値しない!」


 あまりに冷酷かつ倫理観のない言葉に、騎士達が鋭い視線を王子に向ける。


「なっ、なんだ。何か言いたいことがあるのか!? まったく! 気分が悪い、外の空気を吸ってくる!」


 さすがに分が悪いと思ったのか、オスカーは逃げるように天幕を出て行った。

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