第70話 アイツはまさに崖っぷち

 遠征部隊は一糸乱れぬ隊列で、王国南部を目指し進んでいた。


 目的地が近付くにつれて、張り詰めた空気がさらに研ぎ澄まされていく。

 

 いくさ前の独特の緊張感に包まれ、アシュレイは手綱を引く手に力をこめた。


 

(必ず生きて帰らなければ――)


 

 事の起こりは今から少し前。

 密偵騎士から、隣国の武装船団が我が国に向けて出航したとの報告があがってきた。


 前回は地上戦で我が国に敗北したため、今度は海から攻め込もうという算段らしい。


 戦争に巻き込まれるのは、豊かな国の宿命だ。

 

 魔道石が採掘できる鉱脈を多く持ち、優れた加工技術と職人を有する我が国は、周辺諸国から常に狙われている。


 密偵からの知らせを受けた騎士団は、すみやかに迎撃作戦を決行。

 

 アシュレイ率いる第一騎士団も出征するよう、上層部から命令が下った。


 総指揮を執るのは、経験豊富なマクガレン隊長……のはずだったが。


 

「よりによって総指揮官がオスカー殿下って、大丈夫なんすかねぇ。一応、マクガレン隊長が補佐につくらしいですけど、正直、俺は心配っすよ」


 馬上から身を乗り出したジェイクが、潜めた声でアシュレイに耳打ちした。


「あの人、初陣でしょう? これまでかたくなに戦場に出なかったくせに、どうして今さら。しかも、よりによってこの重大な局面で」


「だからこそ、戦場デビューに相応しいと思ったんだろう」


「あぁ、なるほど。手柄を上げて、なんとか王族の地位にしがみつきたいワケだ」


 ジェイクの囁きに、アシュレイは無言の肯定をした。

 

 現王には後継となる二人の王子がいる。


 文武に優れた第一王子のルイスと、秀でた才はないもののプライドだけは高い第二王子オスカー。


 幼い頃から乳母と教育係に厳しく躾けられたルイス殿下に対し、オスカー殿下は王妃の手で大切に育てられた。いわば箱入り息子だ。


 二十歳を過ぎても一度も戦場に出ることなく、公務も欠席しがち。国王の決めた縁談を勝手に破棄するなど、王妃の後ろ盾を笠に着てやりたい放題だ。


 しかし、ここ最近は状況が変わってきたようだ。

 

 体調の思わしくなかった国王陛下がエリザの事件を耳にして倒れ、とうとう第一王子ルイスへの生前譲位を決めた。


 これにより第一王子派閥の権力は一層強まり、事実上の新国王として王宮に君臨することとなった。


 

「ルイス殿下は、王妃様とオスカー殿下をことごとく嫌ってますからねー。まぁ、長年自分を虐げてきた継母と、ろくに公務もせずに甘い汁ばかり吸う異母弟。恨みはすれど、愛するのは無理な話っすね」


 ジェイクの言うとおり、第一王子がまっさきに着手したのは、オスカーの能力不足と不祥事を追求し、王族の地位を剥奪しようと根回しすることだった。


 今のオスカーの状況を一言で表すなら、まさに崖っぷち。


 何とか手柄を上げて無能の汚名を返上し、王族の地位にしがみつきたいと考えているに違いない。


 さらに、あの野心家な男のことだ。あわよくば兄より優秀だと国中に知らしめ、王位を狙うことも視野にいれているかもしれない。


「なんにせよ、気を引き締めて任務に当たるぞ」


「了解っす、隊長」

 

 司令官が無能だと、勝てる戦も勝てなくなる。今まさに我が軍は身内に爆弾を抱えているようなものだ。


(厄介なことにならないと良いが)


 胸騒ぎを覚えたアシュレイは、軽く頭を振って思考を切り替えた。

 だが、その悪い予感は見事に的中してしまうのだった――。

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