第69話 君が思っている以上に独占欲が強いんだ
教会を出てアシュレイの部屋に戻る頃には、すっかり夜も深まっていた。
ベッドに並んで座り、アシュレイに肩を抱かれ寄り添う。
ぽつりぽつりと言葉を交わし笑い合う、穏やかで心地よい時間が流れた。
任務のためにも早く休んだ方が良いわ――と言いかけて、私は口をつぐんだ。
言えば、この時間が終わってしまう。
身勝手だとは思うけれど、もう少しだけ、あと数分だけ、こうしていたい。
ふいに私の薬指をアシュレイが撫で「指輪」と呟いた。
「俺が帰ってきたら、イアンと三人で結婚指輪を買いに行こう」
「ドレスを選んだ時みたいに、二人で喧嘩しないでね」
「約束は出来ないな。俺とイアンは趣味が違いすぎるから」
「この前みたいに一時間以上もかかるのは困るわ。あなたが譲歩してあげて」
「それは無理な相談だ。だって、君は俺の妻だろう。他の男には決めさせない」
「男って……七歳児と張り合うなんて」
冗談で言っているのかと思いきや、アシュレイは真剣な顔をしていた。
「俺は、君が思っている以上に独占欲が強いんだ」
サイドテーブルに置かれた燭台の明かりが揺らめく。
薄暗い部屋で、
「自分の中にこんな激しい感情があるなんて、君に出会うまで自分でも気付かなかった。――愛してる、ビクトリア」
「ええ、私も。愛してるわ」
大きな掌が私の頬に触れる。長い指がゆっくりと唇をなぞり、私は思わず吐息をこぼした。
「君を愛する男は、この世で俺ひとりだ。他の誰にも触れさせないで」
「うん。だから……早く帰ってきてね」
「約束する」
そう呟いたアシュレイは立ち上がりジャケットを脱いで、燭台の明かりをふっと吹き消した。
部屋が静寂と暗闇に満たされる。
窓から差し込む月明かりに、折り重なる二人の姿が浮かび上がった。
まだ朝日も昇らぬ早朝――。
アシュレイは身支度を済ませ玄関に立ち、腰のベルトに剣を差した。
騎士服の上にマントを羽織った彼は、私を見て優しく微笑む。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけて。約束、必ず守ってね」
「あぁ、早く片付けて帰ってくる。イアンを頼んだよ」
「ええ、任せて」
両手を広げるアシュレイの胸に飛び込むと、いつもより強く抱きしめられる。
しばらく抱き合ったままでいると、背後から小さな足音が聞こえてきた。
振り返ると、眠い目を擦りながらイアンが階段を下りて近付いてくる。
「間に合った! アシュレイ、怪我しないでね」
「うん、気をつけるよ」
イアンの頭を撫でるアシュレイに、私は桃色のクマ人形型録音機を手渡した。
「昨夜、イアン様と一緒に応援メッセージを録音しておいたんです。寂しくなったら聞いてね」
「ありがとう。これでホームシックになっても我慢できそうだよ」
アシュレイは私とイアンをまとめて抱きしめ、それぞれの額にキスをした。
マントをひるがえし、愛馬の上にひらりと飛び乗る。
「じゃあ、――いってくる」
颯爽と駆けていくアシュレイの背中がだんだん小さくなり、ついに見えなくなった。
――どうか、無事に帰って来て。
白み始めた東の空を、私は祈るような気持ちでいつまでも見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます