第67話 ぬぁぁぁ、恥ずかしいよぉ!
嵐のように走り去った少年の背中を見送り、私たちは顔を見合わせる。
「……とりあえず、成功かしら?」
「大成功だよ。君のおかげで、イアンは幸せな夢を見られた。ありがとう」
「こちらこそ。あなたの協力がなければ出来なかったことですもの。二人で掴んだ大成功ね」
「勝利の乾杯でもしようか?」
「賛成!」
アシュレイが立ち上がり、戸棚からグラスとワインのボトルを持って戻ってきた。コルクを抜くと、ふわりと葡萄の芳醇な香りが立ちのぼる。
思わずうっとり目を細める私に、アシュレイがワインを注ぎながら言った。
「君の誕生日には、良いお酒をプレゼントするよ」
「ひとを酒豪みたいに言わないで。私、お酒はたしなむ程度なので」
「そう? じゃあ、君の分は少なくしておこうか」
「そんなぁ~! 意地悪しないで下さい!」
私は、量が多い方のグラスをちゃっかり手に取った。
それを見てアシュレイがくすりとほほ笑む。
「では、イアンの誕生日と作戦成功を祝して――乾杯!」
グラスを重ねると、コンと良い音が鳴った。
互いにワインに口をつけた所で、イアンが部屋に戻ってきた。
「あー、お酒また飲んでる。まったく、大人はさぁ、お祝いにかこつけて、すーぐ飲むんだから」
酒盛りをはじめる私たちをジトッとした目で見つめ、口を尖らせた。しかし「ジュースもありますよ」という私の言葉で、すぐさま笑顔になる。
葡萄ジュースのグラスを持ったイアンが、定位置である私とアシュレイの間に座った。
三人並んで座るのが習慣になったのは、一体いつからだろう。
日常の中で育まれる『当たり前』に気付くたび、ここが私の居場所なんだと実感する。
心にぽっと灯りがともるような、温かな気持ちになった。
「ところでイアン。『かこつけて』なんて言葉、どこで覚えたんだ?」
「キャシーがよく言う」
「最近の子は、本当に何でも知っているんだな」
二人のほのぼのとした会話を聞きながら、私は前世の記憶があって良かったな――としみじみ思った。
前世で培われた演技力がなければ、イアンにひとときの夢を見せることは出来なかった。
ナレーションの仕事も出来なかったし、そもそもオーディオブック風の魔道具を作るという発想もなかっただろう。
青春をすべて仕事に捧げた前世の自分――女優の
生まれ変わりである私に記憶を思い出させるほど、彼女の未練はすさまじいものだったのだろう。
あたしの人生なんだったんだろう。
あぁ、こんな人生、いやだなぁ――。
死ぬ間際の麗華の悔しい気持ちは、今でも鮮明に思い出せる。
でもね、麗華。あなたの努力や仕事で培った演技力は決して無駄じゃなかったわよ。
あなたのおかげで、今の私はとっても幸せ。だから、ありがとう。
心の中で前世の自分に感謝すると、胸の内から喜びがあふれ出した。きっと自分に宿っている麗華の魂も報われたのだろう。
「ビッキー、にこにこしてる。ご機嫌だね」
「ええ。とても幸せだなぁって」
私は大切な家族にほほ笑み返し、夢のような幸福なひとときを噛みしめた。
その後、いつまでも家族三人で仲良く暮らしたいです――と書かれたイアンの作文は、優秀作品として学校の廊下に貼り出された。
だが、何故かしょんぼり落ち込むイアン。
聞けば、余った空欄に『キャシーと結婚できますように』と出来心で書いたのを、すっかり忘れて提出してしまったらしい。
それが廊下に貼り出され、公開告白のようになってしまったのだとか。
誕生日会おわりの深夜テンションで、勢い余って書いてしまったのだろう。
「ぬぁぁぁ、恥ずかしいよぉ!」と悶絶するイアンを一日かけて慰めたり。
キャシーの父・マクガレン中隊長に『お前の所の坊主はませてるなぁ!』と大笑いされたり。
あちこちで色々な騒動が起きつつ、日々は騒がしくも幸せに過ぎていくのだった。
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