第65話 今日の主役!

「――ママに会いたい、か」


 その日の夜。イアンを寝かしつけたあと、私はアシュレイに例の願い事について相談していた。


「ジェナ様が残したメッセージはないんですよね?」


「えぇ、亡くなったのが突然のことだったから」


「そうですか……。何とかして、イアン様の願いを叶えてあげたいんですけど」


 とはいえ、亡くなった人を蘇らせるすべはないし、記録物もない。他に良いアイデアも思い浮かばない、まさに八方塞がり。


 こめかみを押さえ「うーん」と唸っていると、アシュレイが「あれは?」と机の上にある紙袋を指差した。


「それは店長から、イアン様の誕生祝いに貰ったんです。クマちゃん型魔録音機、三体セット! メッセージを吹き込んでプレゼントしてやりな……って……」


 急に黙り込んだ私に、アシュレイが不思議そうな顔をした。


 


 それから数日後の夜。

 クラーク邸のダイニングルームでは、イアンの誕生日会が開かれていた。


 貴族家の誕生会では、お客様を呼び盛大に祝うのが普通だが、今回はクラーク邸の人々だけのホームパーティー。


 大切なイアン坊ちゃまの誕生日ということで、みんなやる気満々。

 

 室内はバルーンやタペストリーで飾り付けられ、テーブルの上には豪華な料理が所狭しと並んでいる。


 お誕生日席に座ったイアンは、私お手製の『今日の主役』タスキをつけてウキウキ顔。

 

 メイドが恭しく運んできた大きなホールケーキを前にして、うわぁ――と歓声をあげた。

 

 みんなでバースデーソングを歌い、口々に『誕生日おめでとう』と祝福の言葉を送る。イアンは終始にこにこしていた。

 

 夜も深まった頃、幸せな余韻を残しつつ誕生会はお開きとなった。


「もう終わっちゃうの。なんか寂しいよ……」


 イアンがしょんぼり肩を落とす。いつもの寝る時間はとっくに過ぎているが、興奮で目が冴えてしまったみたいだ。


 もうちょっと遊びたいと珍しく駄々をこねるイアンを見て、私とアシュレイはさりげなく互いに目配せした。


「賑やかなパーティのあとって、寂しくなっちゃいますよね。ではイアン様、アシュレイ様のお部屋でもうちょっと遊びましょうか」


「いいの?」


「今日は特別。少しくらい夜更かししても良いだろう。イアンの好きな人生ゲームでもしようか」


「するっ!」


 アシュレイの部屋に駆け込んだイアンは、テーブルの上に置かれているクマ人形に気付いた。


 こちらをくるりと振り返り「もしかして、あれ僕へのプレゼント?」とまん丸お目々で尋ねてくる。


 アシュレイがうなずくと、わぁ〜と言いながらテーブルへ猛ダッシュ。「クマさん人形、かわいいねえ」と言いながら、ぬいぐるみに頬ずりした。

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