第64話 ――ママに会いたい

「いやぁ。ビクトリアさんのおかげで、うちの店は命拾いしたよ。本当にありがとう」


「お役に立てて良かったです。これ、今回の納品分です」


 自宅で吹き込んだ魔道具を渡すと、確かに受け取りましたよ、と店主が頷いた。


「それにしても、ビクトリアさんは凄いよね。聞き取りやすい発音に、抑揚も完璧。声色まで変えられるんだから。いやはや、驚きだよ。劇団の仕事とかやってたの?」


「いえ、やってないですよ」


 ……今世では。

 

 私の返答に、店主がますます感心した様子を見せる。


「じゃあ、天性の才能ってやつだ! アシュレイ君も凄いお嫁さんをもらったもんだ」


「あの……まだ、お嫁さんではなく……」


 訂正しようにも、店主は「良かった良かった」と笑顔で頷くばかり。

 良い方なのだが、たまに人の話を聞かないのが、この店主の少々困った所だ。

 

 私は肩をすくめ苦笑いを浮かべた。


「そろそろイアン様が帰ってくる時間なので、私、行きますね」


「あっ、ビクトリアさん、ちょっと待ってくれ。イアン坊ちゃんの誕生日が近いだろう? これ、持って行ってよ。魔道録音機の新作だ」


 手渡されたのは手の平サイズのクマ人形型、魔道録音機だった。それも一体ではなく三体。水色、桃色、白、三色のクマさんファミリーだ。


「可愛いですね」


「だろう? うちの新商品。最近、親子連れのお客さんが多いから、セット販売もしようと思ってさ」


 うっかり発注ミスをしちゃう天然な店主だけど、商売としての嗅覚は人一倍鋭い。客層に合わせてさっそく新商品を入荷するとはやり手だ。

 

 クマ人形は毛がふわふわで手触りが良く、上質な素材で出来た逸品だとすぐに分かる。


 店頭販売すればかなりの値段がつくだろう。こんな高価なものを、三体も無料で貰って良いのだろうか。


「頂いてもよろしいんですか?」


「構わんよ。メッセージを吹き込んでプレゼントしてやんな」


「ありがとうございます」


 お礼を言って、私は魔道具店を後にした。屋敷に戻ると既にイアンは帰宅していた。


 リビングの扉を開くと同時に、満面の笑顔を浮かべた少年が子犬のように駆けてくる。


「ビッキー、見て見て! 理科のテストで満点を取ったんだ!」


「凄い! 毎日、がんばって勉強していた成果ですね」


「んふふ~。僕、ご褒美ほしいなぁ。前に作ってくれたパンケーキ、食べたいなぁ〜」


「分かりました。飾り付けはイアン様の担当?」


「そう! 焼くのはビッキー、僕は盛り付けと食べる係ね!」

 

「了解です。じゃあ、まずは手を洗ってきて下さい」


 イアンは「はーい!」と言って、ご機嫌に走って行った。


 だが私は知っている。テストは一科目だけじゃないことを。


 さて、苦手な国語のテストは何点だったのかな?

 

 

 ソファの上に放り出されたカバンから、紙が数枚はみ出ている。するりと抜き取ると、やはりそれは他の科目のテスト用紙。


「どれどれ――。うん、他の科目も良い点数……。あぁ、やっぱり。国語は45点だわ。特訓が必要ね」


 僕、国語きら~い、とふてくされるイアンの姿が容易に想像出来てしまう。


 

「パンケーキを食べてご機嫌とってからにしましょう。――ん? これ何かしら」


 テスト用紙の間に別の紙が挟まっていた。どうやら自由作文の宿題のようだ。


 テーマは『あなたの願い事』について。締め切りは今月末まで。

 

 筆が乗っていないのか、原稿用紙はほとんど空白だった。


 そこに綴られていたのは、ただ一行。


 ――ママに会いたい。


 二度と叶うことのない願い事だった。

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