第63話 ふか、ふか価値?~新しいお仕事~
脅迫騒動も無事解決し、穏やかな日常が戻ってきた。
アシュレイの婚約者になったとはいえ、私の生活が劇的に変わることはなく、日々のルーティンは家庭教師時代とほぼ同じ。
唯一変ったことといえば、在宅で副業を始めたことくらいだ。
平日昼間の空き時間を利用し、私は録音機能が付いた魔道具に音声を吹き込む仕事――前世でいうところのナレーターのような仕事を始めた。
ことの始まりは、アシュレイ行きつけの魔道具店に行った時のことだった。
いつもは明るい店主が、その日は酷く落ち込んでいた。
話を聞くと、どうやら発注ミスで魔道録音機の在庫を大量に抱えてしまったらしい。
生活必需品でもない上に、高価な品だから中々売れない。しかも仕入れたのは旧型のため、新しい物好きな貴族には見向きもされない。
メインターゲットの貴族層に売れない大量の魔道具が、倉庫と店主の心を圧迫しているようだ。
「特売セールで売っちまうしかないのかぁ……」
店主の言葉に、アシュレイが腕組みして考え込む。
「庶民に手が届く価格帯まで下げると、かなりの大赤字になりそうですね」
「そうなんだよ。苦しいなぁ……」
アシュレイは昔からこの店に通っていたらしく、店主の力になりたいと思っているようだ。
「旧型とはいえ、商品に何か付加価値を付けられたら、貴族も買うと思うんですが」
「うーん。付加価値といってもなぁ……。おっちゃんは何も思いつかないよ」
アシュレイと店主の会話を聞いていたイアンが「ふか、ふか、価値?」と、たどたどしく発音した。
「イアン様、付加価値ですよ」
「ふかっち?」
「付加価値」
「ふかかち!」
「そうです! 上手に発音出来ましたね」
偉いですとイアンの頭を撫でていると、ふいに良いアイデアが閃いた。
ぽんと手を叩き「そうだ!」と声をあげる私を、店主とアシュレイが同時に見やる。
「そのままで売れないのなら、音声を入れて売り出すのはどうでしょう?」
「何の音声を入れるんだい?」
「手始めに童話なんてどうでしょう。子どもへの読み聞かせや勉強にも利用できるかと」
魔道録音機として売れないのなら、前世でいうところのオーディオブック的な物にして売り出すのはどうかと思ったのだ。
そりゃあ、面白そうな案だな――! と店主が手を打った。
「新しい物好きな貴族は飛びつくぞ。……あぁ~、だが……誰が音声を吹き込むんだ?」
俺は無理だぞと店主が首を横に振り、アシュレイに視線を送る。
アシュレイもまた、俺も得意じゃないので……と目をそらす。
最終的に、男性二人がすがるような眼差しを向けた相手は――私だった。
「分かりました……。発案人なので、やってみます」
――という経緯で、まずは人気童話を録音して販売したところ、貴族の子供たちの間で大流行。
瞬く間にクチコミが広がり、まるで本を買うように音声入り魔道具が飛ぶように売れた。
今では録音して欲しい本を指定して購入する『オリジナル魔道具』が予約待ちの状態となり、私以外にもナレーターを雇うほどの大盛況となった。
こんな所で前世の経験が役に立つなんて、と自分でもびっくりだ。
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