第61話 この女を不敬罪で処刑しろ!

 お手並み拝見とばかりに、アシュレイは壁にもたれたまま事の成り行きを見守る。


 ぶつぶつと不満を垂れ流すエリザを前にして、オスカーはようやく口を開いた。


「エリザ、僕たち終わりにしよう」


「…………え?」


「罪を犯した者が、王族の一員になれる訳ないだろ。君とはここでお別れだ」


「いや……まって。なにそれ……、ねぇ、待ってよ……」


「エリザ・バークレー。君に、婚約破棄を言い渡す」


「…………うそ……そんなの嘘よ」


「正式な通知は、王宮から君の実家に送る。それじゃあ僕はこれで」


「――ッ! 待ちなさいよッ!!!」


 立ち上がりかけたオスカーの腕を、エリザがとっさに掴んだ。先程までのしおらしい態度は見る影も無く、豹変した彼女は悪魔のごとき形相だった。

 

「全部あたしのせいだって言いたいの? 馬鹿にするのもいい加減にしてよ!」


「な、なんのことだ。おい、そこの騎士、この女を止めろ! いだっ、いだだだ! 腕が痛い! 離せっ!」


「あたしが何でビクトリアに苛つくか分かる? 元はと言えば、全部あんたのせいよ馬鹿王子!」


「はぁ!? 僕のせいに――」


「うるさい! あんたがいつまでも『ビクトリアだったら~』とか未練がましいこと言うからでしょ!? 昔の女と比べられるたび、あたしがどんなに惨めな思いをしたか」


「君がビクトリアに何もかも劣っているのが悪いんだろう!? 我が儘で品が無くて、公務もまともにこなせやしない。比べられるのが悔しかったら、もっと努力したまえよ!」


「努力ですって? ルイス殿下の足元にも及ばない人に、言われたくないわぁ~。出来損ないのくせに偉そうなこと言わないでよ」


「兄の話を持ち出すなッ! さっきから言わせておけば……。脅迫罪なんて生ぬるい。おい、そこの騎士、この女を不敬罪で処刑しろ!」


 取調室は、痴情のもつれで修羅場と化していた。

 騎士たちが慌てて部屋に入ってきて、罵り合う二人を必死に制止している。


 仮にも一国の王子と元婚約者が、取調室で喧嘩するとは。

 馬鹿馬鹿しくて目眩がしそうだ。


「ジェイク。俺はエリザ・バークレーの処遇について、上層部と王室に協議してくる。悪いが、ここを頼めるか」


「お任せを。喧嘩の仲裁は得意なんで。酔っ払ったゴロツキ相手にするよりマシですよ」


 同感だと苦笑し、アシュレイは取調室を出て幹部室へ向かった。



 結論からいえば、エリザの罪は内々で処理された。


 第二王子の婚約者が脅迫騒動を起こした――なんて醜聞が広まれば、王室の面目は丸つぶれだ。

 

 王室の権威を保つため、表向きエリザは体調不良により婚約辞退。生家に戻り療養すると報道された。

 

 実際のところ、エリザに言い渡されたのは『生涯、自領から出てはいけない』という事実上の追放命令だ。

 

 万が一、理由もなく領地を出たり、王室に不利益な情報を公開したりした場合、バークレー家は王命により即刻お取り潰しになるだろう。

 

 

 分不相応な野望を抱いたエリザ・バークレー。

 彼女は、自分で撒いた悪意の代償として領地に幽閉され、生涯の自由を失った――。

 

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