第60話 証拠はあがってんだよ!

「証拠はあがってんだよ」


 殺風景な取調室に、地を這うようなジェイクの低い声が響き渡った。

 

 室内には簡素なテーブルと椅子が二脚。

 一脚にジェイクが浅く腰掛け、正面に座る犯人を鋭い眼光で睨み付ける。


「エリザ・バークレー。あんたは昨日、クラーク男爵邸の住み込み家庭教師ビクトリア・キャンベル氏に脅迫文を送りつけた」


 ふんとエリザがふてぶてしく顔を背ける。


「あんたの行いは立派な脅迫罪だ。だんまり決め込んで逃げられると思うなよ」


「……ふぁあ~」


 今度は、さらにふてぶてしく欠伸あくびをした。


 かれこれ30分近く取り調べをしているが、エリザは黙秘を続けている。


 さっきから何も語らず、偉そうな態度でぼんやり宙を見つめるだけだ。


 腕を組み壁にもたれて取り調べを見ていたアシュレイは、部屋に入ってきた部下に耳打ちされ「分かった」と応えた。


「ジェイク、交代しよう」


 そう言って彼の肩に手を置くと、ジェイクは苛立った様子で頭をガシガシと掻き「たのんます」と呟いて立ち上がった。


 今度はジェイクが壁に寄りかかり、かわりにアシュレイが椅子に座ってエリザを見すえる。


(エリザ・バークレー。そちらが沈黙するのなら、こちらにも考えがある。俺の大切なビクトリアさんに言い知れぬ恐怖を与えた罪、償ってもらうぞ)


 アシュレイは静かな声で、口を閉ざすエリザに語りかけた。

 

「どうやら俺たちには何も話して頂けないようなので、別の方をお呼びしました」


「…………」


「お二人でゆっくりお話下さい。――お通ししろ」


 ジェイクが取り調べ室の扉を開く。


「オスカー殿下……!」


 エリザは愕然とした面もちで、自分の目の前に腰掛けた婚約者を眺める。


「どうして……殿下がここに……」


「その理由は君が一番よく分かっているんじゃないか? 君にはガッカリしたよ」


「……待って……私は悪くない……何もしてないの……」


「騎士団の報告書を読んだよ。インクに付着していた香水は、調香師に依頼して作らせた一点物。筆跡も君の物だ。それに君の部屋を調べたら、同じような脅迫文が大量に出てきた。今日も明日も明後日も、送りつけるつもりだったんだろう?」


「そ、れは……」


 エリザは何か弁明しようとしたが、適切な言葉が思いつかなかったのか、口を半開きにしたまま黙り込んだ。


 涙をたたえた瞳で上目遣いにオスカーを見つめ、甘ったれた声をあげた。


「だってぇ、寂しかったの。あなたは私の婚約者なのに、何かあればすぐにビクトリアの名前を出すでしょう? あの女がいるから、オスカー様は私を見てくれない。腹が立つのは当たり前よっ!」


 オスカーは何も言わず、軽蔑したように婚約者を見つめていた。


「ちょっとした出来心だったの。手紙を一通送ったくらいで逮捕とか大げさだわ。悪口なんてみんな言ってるし、もっと酷い虐めをしてる人間は沢山いるじゃない。なのになんで私だけ? おかしいわ! 私を逮捕するなら、みんな捕まえなさいよ、無能騎士!」


 キャンキャン吠えられ、アシュレイは苦笑を堪えるのに必死だった。


(これが未来の第二王子夫人か……世も末だな)

 

 宮廷侍女であれば『みんな』と一緒になって陰口を叩いても問題にならなかったかもしれない。だが、王族ともなれば話は別だ。

 

 国の頂点に立つ者として、責任ある態度と理性、道徳心が求められる。

 

 ちょっと腹が立ったから衝動的に。みんなやってるから私も許される。そんな言い訳は通用しない。


 自分の非を認めず、自制も更生もしないエリザは、明らかに第二王子夫人には相応しくない。

 

 そして、そんな女性を伴侶に選んだオスカーもまた、アシュレイから見て王子の器ではなかった。


(さて、オスカー殿下はこの事態にどう収拾をつけるおつもりかな?)

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