第59話 ササッと見つけてくれ!
「社交界では、招待状や手紙に香水を振りかけるのが
「ええ。上位貴族であればあるほど、市販の香水ではなく、調香師に依頼して一点物を作る傾向にあります」
私の返答を受けて、アシュレイが部下達に向き直る。
「――ということだ。この脅迫文も、便せんからは匂いがしないものの、インクから微かな香水のかおりがする」
「あ~、なーるほど。普段、匂いつきの便せんに文字を書いているせいで、インクに香水のかおりが移った。そういうことっすかね?」
「俺はそう推察している。加えて、この手紙は新聞の切り抜きではなく崩し文字で書かれている。香水と筆跡。まずはその二点から犯人を特定していこうと思う」
ジェイクが「そういうことなら、お任せを!」と言って立ち上がり、部屋の隅で大人しく伏せっていた警察犬の頭を撫でた。
「ジョン、出番だぞ! お前のその抜群の鼻で、犯人をさくっと見つけてくれ!」
ピンと耳を立たせたシェパードが手紙に近づき匂いを嗅いだ。そして、貴族たちの手紙や招待状、公文書が積み上げられた机へ向かう。
一枚嗅いで、違ったらフンと顔を背け、次の紙を確かめる。
一連の流れは非常にスムーズで、まるで人間の言葉が分かっているかのような無駄のない動きだった。
とても賢いうえに集中力もあるのか、ジョンと呼ばれたシェパードは黙々と手紙の検分を続けている。
「では、筆跡の方は僕が」
そう言って、別の騎士が脅迫文の筆跡を鑑定する。
「彼は、捜査班の中でも腕利きの筆跡鑑定士です」
アシュレイが私の元に来て説明してくれる。
「ここに居る騎士は、みんな若いが優秀な者ばかりですから安心して下さい」
早期逮捕してみせるという言葉通り、捜査は順調に進んでいるようだった。
頼もしい光景に不安が和らぎ勇気づけられる。全てアシュレイのおかげだ。
「ビクトリアさん。念のため伺いますが、脅迫文を送ってきた相手に心当たりはありますか」
「心当たり、ですか……」
正直、ないと言えば嘘になる。
高位貴族の娘というだけで、私に妬みひがみの感情を抱く人もいるだろう。
この悪女顔とはっきり物を言う性格のせいで、怖がられたり誤解されたりしたことも過去にはある。
だがあの脅迫文には、単なる嫉妬ではなく、強烈な悪意が込められているように思えた。
最近、恨みを買うような話をした相手といえば……。
――『どんな手を使っても、君を必ず僕のものにみせる』
別れ際、オスカーに告げられた言葉が蘇った。
彼から向けられた執着心のこもった眼差し、脅し文句のような台詞の数々に、ぶるりと鳥肌が立つ。
「先日のパーティで、オスカー殿下のプロポーズを完全拒否したので、それで恨まれた可能性はあると思います。他には、特にこれと言って思い当たることはありません」
会話していると、背後で扉がギィ――と開く音がした。
見ると、薄く開いた扉の隙間からイアンが顔を覗かせている。
大人たちが難しい話をしているから不安になっちゃったのかも。
「私、これ以上ここに居てもお役に立てませんから、イアン様の部屋に居ますね。何かあれば、声をかけて下さい」
「わかりました。あの子を頼みます」
駆け寄ってくるイアンを抱き留めた私は、手を繋いで大広間を後にした。
その夜、私はイアンを寝かしつけている間に眠ってしまい、起きた時には、すでにアシュレイは屋敷をあとにしていた。
屋敷の警備にあたる騎士から話を聞いたところ、筆跡と香水の残り香により犯人が特定出来たようだ。
現在、アシュレイ率いる精鋭部隊が、逮捕のための証拠固めをしている最中らしい。
それから数時間後――。
私の元に「犯人を逮捕しました」とアシュレイから一報があった。
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