第57話 いや、酒飲み妖怪って……

 ビクトリアのおかげで、灰色だった人生が一気に鮮やかさを取り戻した。


 花が咲き誇るような彼女の笑顔を見ていると、自分も弾むような心地になる。


 感情を表に表わすのが下手くそなアシュレイと違い、ビクトリアは喜怒哀楽がはっきりしているから、眺めているだけで楽しい。


 特に、美味しそうにお酒を飲んで頬を赤らめている姿は、可愛らしくてほっこり癒される。


 ビクトリアに喜んでもらうため、アシュレイは酒好きな騎士仲間に協力を依頼し、珍しい酒を集めるようになった。


 ほら今も、部下のひとりが「隊長、ちょっと良いですか?」と言って近付いてくる。


「仕事帰りに酒屋へ寄ったら良い酒あったんで買っておきました。エスポワールっていう銘柄のワインです。領収証はこちらになります」


「かなり年代物のようだな……珍しい。ありがとう、じゃあこれで。釣りはいらないよ」

 

「また探しておきますね!」

 

「ああ、頼んだ」

 

 酒瓶の入った紙袋を受け取り、多めに代金を渡すと、部下は「まいどあり!」と商人のような挨拶をして立ち去っていった。


 隣で袋の中身をのぞき込んでいたジェイクが、いよいよ分からないといった顔をする。


「隊長、屋敷に酒飲み妖怪でも住み着いたんですか?」

 

「いや、酒飲み妖怪って……。イアンの家庭教師をしてくれている女性が、酒が好きなんだ」


「へぇ……『ただの』家庭教師ねぇ……」


 にんまりとジェイクが微笑む。悪い顔だ。

 

 部下であり友人のこいつに、隠し事などするだけ無駄か……。


 

「ビクトリアさんは、家庭教師で、婚約者だ」


 照れ隠しに、わざと書類に目を落としつつ小声で言うと、ジェイクは一瞬だまりこみ……。


「かーっ、なんすかそのニヤけた顔! カノジョにぞっこんじゃないっすか! くそぉ~、ついに独身貴族だった隊長も独り身卒業かぁ~!俺を置いていかないで下さいよぉ~!!」


「ばっ、馬鹿。声がデカい!」


 デスクで書類仕事をしたり、雑談しながら情報交換していた部下たちが、一斉にこちらを見た。

 

 すまない仕事に戻ってくれ――とアシュレイが言うと、彼らは戸惑いつつ、それぞれの作業を再開する。


 ……が、やはりこちらが気になるのか。


「おい、隊長に恋人が出来たって?」

「こりゃビッグニュースだぞ!」

「あぁ、我らが『独身騎士の会』の希望の星ホープが……」

 

 ちらちらアシュレイの方を見ながら、部下達は何やら小声で会話をはじめた。

 

(俺は『独身騎士の会』なんてものに入った覚えはないんだが……?)

 

 さっきまで長閑のどかだった詰め所が、わずかに賑やかになった。

 

「おい、ジェイク」


 ため息をついたアシュレイが、恨みがましい視線を部下へ向けたその時。


「クラーク隊長! 隊長の屋敷から早馬が来ました! 緊急事態のようです――!」

 

 早馬の受付当番だった騎士が、手紙を片手にアシュレイの元へ駆け寄ってきた。


 その場に緊張が走る。

 手紙を受け取り読んだアシュレイは、すぐさま外套をひっつかみ、周囲の騎士に声をかけた。


「屋敷で緊急案件が発生した。すまない、あとは――」


『頼んだ』と言う前に、部下たちが「任せて下さい」と頷く。


「あとは頼んだ。――ジェイク、場合によっては、秘密裏にお前たちの力を借りるかもしれない。精鋭部隊に声をかけておいてくれるか」

 

「了解しました」


 任せた――とジェイクの肩を叩き、アシュレイは家路を急いだ。

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