第56話 俺、プライベート優先なんで!

「今日は街でトラブルもなし、出動要請もなし! いやぁ~、平和って最高っすね~」


 部下のジェイクが、いつもの軽い口調でご機嫌に言う。


 書類仕事をしていたアシュレイは資料に目を落としたまま「そうだな」と頷いた。


 アシュレイが率いる第一騎士団は、街で凶悪事件が発生した時や、隣国の侵攻を受けた時など、重大案件の対処に当たることが多い。

 

 自分たちが暇なのは、すなわちこの国が平和である証。良いことだ。


 

「そういえば、近衛騎士の友人に聞いたんすけど。隊長が、学校の懇親パーティに美女同伴で出席したって噂。あれ本当っすか?」


「ああ」


「えー、女嫌いの隊長がですか? うそだぁー!」


「本当だ」


「くそぉ~。俺、その噂が嘘だって方に賭けてたんすけど、ボロ負けですわ~」


 ジェイクが「はぁ~、俺の五万が吹っ飛んだ~」とため息をつく。


 アシュレイはようやく書類から顔をあげて、呆れた顔で部下を見た。

 

「ジェイク。お前、上司の噂を賭けの対象にした挙げ句、本人に真偽を聞くなんて図太すぎるだろう。俺相手だから良いが、他の隊長にはやるなよ」


「もちろんアシュレイ隊長以外にはやらないっすよ。俺が世渡り上手なの、ご存じでしょ?」


「そうだな。そんな『世渡り上手』なお前に、ひとつ頼みがあるんだ」

 

 耳を貸せとサインを送ると、ジェイクはこちらに近付いてきた。


 ここにいるのは全員、信頼の置ける部下ばかりだ。

 だが、どこに罠が潜んでいるか分からないため、用心するに越したことはない。


 アシュレイは声を潜めつつ、わざと雑談をするような気安い素振りで言った。


「お前、近衛騎士にツテがあるんだろう。オスカー殿下の身辺を探って欲しい」


 顔が広く、自他共に認める世渡り上手のジェイクはニヤリと笑った。彼はこの手の情報収集が上手い。


 その素質を買われ、諜報部隊から引き抜きの話が来ているらしいが、ジェイクは頑なに拒否している。


 以前『お前が諜報部に行くというのなら、止めはしないぞ』と言ったことがある。


 だがジェイクは『え~、嫌っすよ~。張り込みとか残業多い部署は勘弁っす。俺、仕事よりプライベート優先なんで』と顔をしかめていた。


 本人はそんな理由を語っていたが、諜報部行きを断っているのは、アシュレイの率いる部隊を離れたくないからだと知っている。

 

 チャラい見た目と話し方に反し、仲間意識と忠誠心が強い男なのだ。

 

「了解っす。そのかわり、褒美は必須マストで。一応、王族の身辺調査する訳だから、相応の対価を頂かなきゃ。美味い飯とか酒とか」


「分かった」

 

 ジェイクは「やりぃ!」とガッツポーズしたあと「そういや、酒と言えば……」と別の話題をふってきた。


「最近珍しい酒を集めてますよね。何でです? 隊長、あまり飲まないし、そもそも弱いでしょ?」


 ジェイクの問いに、アシュレイは「まぁ、な」と頷いた。


 

 ビクトリアと晩酌をするようになるまで、アシュレイは酒に興味がなかった。

 

 酒以外にも、タバコ・女性・ギャンブル・パーティ……高位騎士や貴族の男達が好む物には、とことん関心がない。唯一の楽しみといえば、イアンの成長を見守ることくらい。


 面白みのない男だ、味気ない人生だなと、よく同僚や上司に揶揄やゆされたものだ。

 

 自分は一生、他人から見たら『味気なくて勿体ない日々』を送るのだろう。

 ――そう、思っていたのに。

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