第26話 違う違う、そうじゃない!
「『バレましたか』みたいな顔でこっちを見てもダメですよ! はい、戻って来て下さい」
私に手招かれたアシュレイは、複雑な表情を浮かべながら戻ってきた。
逃げ出したくなるほどダンスが下手なのかしら?
それとも、ご令嬢の足を踏んでしまったトラウマがあるとか……?
どちらにせよ、爵位を得て貴族になった以上、舞踏会への出席は免れない。彼の容姿では壁のシミになるのは不可能だし、理由もなくダンスを断れば社交界での評判も落ちる。
「苦手なお気持ちは分かりますが、アシュレイ様の今後のためにも、ダンスは踊れるようになった方が良いと思うんです。試しに少し踊ってみましょう?」
まずはどの程度踊れるのか把握するため、私はアシュレイの手をやんわり取った。
「いや……俺はその……」と彼が口ごもる。
私はぐずる子どもをあやすように「だーいじょぶ、だいじょぶ。怖くないですよ~」と優しくなだめつつ、彼の両手をがっちりホールド。
「イアン様にお手本を見せてあげたいので、まずは基本ステップから参りましょう。お相手お願い出来ますか?」
にっこりお願いすると、さすがに逃げられないと悟ったアシュレイが諦めの表情で頷いた。姿勢を正して片手をきちんと握り直し、私の腰にもう片方の手を添える。
大きな掌、長い指。騎士にしては綺麗な手だなと思っていたけれど、触れてみると『あぁ……戦う男性の手だ』と分かる。剣だこが出来て皮膚が厚く硬くなっていた。
「それでは、私が合図するまで基本ステップをお願いします」
「分かりました」
曲のタイミングを見計らって、リード役のアシュレイが滑らかに動き出す。
導かれるまま私も踊り始め――すぐさま驚きに目を見開いた。
なにこれ……ものすんごく上手じゃない!!
ダンスに慣れ親しんだ男性の中には、自分の技術を見せつけようとしてリードがおろそかになったり、女性を力尽くで振り回したりする人がいる。
だがその点、アシュレイは踊り自体の上手さに加えて、女性への気遣いも完璧。
この人になら身体を預けても大丈夫だと思わせてくれる安定感があった。
これまで社交界で多くの男性と踊ってきたけれど、こんなに安心できるパートナーは居なかった。
あぁ、何てことでしょう。
私はダイアモンドの原石を見つけてしまったわ!
アシュレイは磨けばもっと光る……!
「凄いですわ、アシュレイ様! 驚くほどお上手じゃないですか! これは、毎年王宮で行われる国内最大級のダンス大会、D-1グランプリで優勝を狙えるレベルですよ!」
「そう、ですか。お褒めにあずかり光栄です」
才能の塊を見つけた興奮で、私は踊りながら無我夢中でアシュレイを褒め称えた。
満面の笑顔で「凄い!」「逸材を見つけてしまった」と連呼する私に、彼はやや困惑の表情を浮かべている。
「アシュレイ様、私とコンビを組んで、ぜひDー1グランプリに」
「出ませんよ」
ちゃっかりダンス大会のお誘いをしてみたが、即座に拒否された。
くうっ、優勝賞金狙えるレベルなのに……。
仕方ないので大人しく諦め、家庭教師の本分に立ち返る。
「イアン様、よく見ていて下さい! これが完璧なお手本ですよ!」
踊りながら声をかけると、イアンは大はしゃぎ。興奮で頬を真っ赤にして「すごーい!」と叫び、時折「クルッてターンして」とか「ステップ踏んで!」とかおねだりしてくる。
上手な相手とのダンスは楽しくて、一瞬で過ぎ去ってしまう。
ふぅ、良い運動になった――と清々しい余韻に浸っていると、私のドレスをイアンがちょんちょんと引っ張った。
「どうしたんです?」
「ビッキーって、すごいね」
キラキラお目々でこちらを見上げるイアン。
「ダンスのことですよね? まぁ、自分で言うのもなんですが、かなり上手な方だと――」
「ううん。違う違う、そうじゃない」
あっさり否定されて、私はガーンと地味にショックを受けた。
ダンスの上手さを褒められたと思ったのに。
無駄に胸を張った自分が恥ずかしい……。
「ううっ……『すごい』って、何がでしょう?」
しょぼーんと肩を落としながら尋ねると、イアンは私の顔をまじまじ見つめたあと理由を教えてくれた。
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