第27話 パッツン前髪切ったのアナタでしょ?

「女のひと、アシュレイの近くにいるだけで、みんな目がハートになるんだ。でもビッキーは違う。ずっと手をつないでダンスおどってたのに、目がいつもとおんなじだ!」


 あぁ、そういうことかと合点がいった。

 

 アシュレイがダンスを避けていたのは、踊りが苦手なのではなく、触れ合うことで無駄な好意を寄せられたくなかったから。


「大丈夫ですよ。私、今まで男性に対して、目がハートになったことなど一度もありませんし。恋だの愛だの、もうこりごりなので。アシュレイ様の魅力も私には効きません。どうかご安心を」


 清々しい笑みを浮かべてはっきり告げると、イアンはもう一度「ビッキーやっぱりすごい!」と言い、アシュレイは驚いた様子でこちらを見ていた。

 

 

「僕の先生、最高だよ! ね、アシュレイ」


「あ、ああ……。そうだね。これからも、どうぞよろしくお願いします。ビクトリア『先生』」


 二人に先生と呼ばれて、言い知れない喜びが胸に満ちた。


 特に、今までどことなく私を警戒していたアシュレイが、ふっと緊張を緩めてくれたのが嬉しかった。



 ……信用してもらえたのかな?


 であれば、これからも益々がんばろう。



「はい、頑張ります!」


 やる気をみなぎらせた私は、その後みっちり一時間。イアンとアシュレイが『今日はもうやめてくれ~』とギブアップするまで、ダンスの猛特訓をしたのだった。


 昼食のあとリビングでお茶を飲みながら談笑していると、イアンが急にパタリと倒れて眠ってしまった。しかも頭を私の膝の上に乗せて。


 さっきまで元気にお喋りしていたのに、急に電池が切れたような突然の寝落ちだった。

 

 ブランケットを掛けてあげたいけれど、立ち上がる訳にもいかず……。

 

 どうしようかと悩んでいると、肩にふんわり温かな毛布が掛けられた。


 顔を上げると、口元に人差し指を当てて『静かに』というジェスチャーをするアシュレイがいた。イアンの上にも同様に毛布を掛け、正面のソファに腰掛ける。


「重くないですか?」


「大丈夫です。ふふっ、力尽きてしまったのですね」


 起さないよう優しく頭を撫でると、眉上で切りそろえられたパッツン前髪が額にサラリと落ちる。


 安心しきった顔で、むにゃむにゃ寝言をいいながら眠るイアンは悶絶するほど愛くるしい。


 しばらく寝顔をじっくり堪能したあと、私は正面に向き直った。


「アシュレイ様。近々、イアン様と一緒に街へ出かけても良いですか?」


「構いませんが、何か必要な物でも?」


「必要というか……この子の、この前髪と髪型。どうにかしたくて」


 アシュレイの表情がぴしりと固まる。


 私は、やっぱりかと思った。


「この子のパッツン前髪、切ったのはアシュレイ様ですね?」


「いや……その……はい、俺です。髪の毛が目に入って邪魔だと言うから、切りました」


「理髪店に行かなかったのですか?」


「その時は、思いつきもしませんでした。騎士は、自分か騎士同士で髪を切るのが当たり前なんです。長期任務の際などは、いちいち理髪店にいけませんから。それで――」


「ついハサミでジョキジョキとやってしまった、と?」


 アシュレイは、お恥ずかしながらと頷いた。


 どうりで。彼自身も微妙に似合わない髪型だと思った。

 自分で切っていたのなら納得だわ。

 

 この際、親子まとめて流行ヘアスタイルに変えてしまいましょう。


「イアン様に必要なものを購入したいですし。次のアシュレイ様のお休みに三人で街へ行くのはいかがでしょう?」


「分かりました。では、次の休日。荷物持ちならお任せを」とアシュレイが頼もしく言う。

 

 まさか自分も理髪店に連行されるとは思ってもいない様子だった。


 翌週、予定通り街へ出た私たちは、イアンの教材や文具などを購入したあと、理髪店へと向かった。男二人はオシャレ空間に完全にたじろいでいる。


 仕方ないので、私が先頭で入店した。


「予約していたクラークです」


「クラーク様、お待ちしておりました。男性カット二名様ですね」

 

「はい」と頷く私に向かって、アシュレイが「俺もですか!?」と驚きの声をあげるのだった。

 

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