第25話 ほら、そこの二十二歳成人男性、やる気出しなさい!
「いや、俺は結構です」
「何を仰います。貴族学校では、しょっちゅう懇親会と称した舞踏会が開かれるんですよ。子どもだけでなく、保護者も踊れなくちゃ」
「壁のシミになるわけには、いかないでしょうか?」
「壁のシミ?」
パーティで人の輪に入れず壁際でたたずむ女性を「壁の花」というが、その男性バージョンが「壁のシミ」らしい。
社交場で女性から相手にされない男性、という意味でも使われる言葉のようだが……。
「あなたのような独身美男が壁のシミになっていたら、ご令嬢が甘い蜜を求める虫のように
「アシュレイ、一緒にダンスの練習しようよ!」
二対一で勝ち目がないと悟ったのか、アシュレイはしぶしぶといった様子で観念した。
ダンスホールを兼ねた大広間につくと、「こちらへ」とアシュレイが手招きして歩き出す。
「曲を流したい時は、この魔道蓄音機を使って下さい」
そう言って彼が指さしたのは、蓄音機型の立派な魔道具。
この国で採れる魔道石を用いた『魔道具』は、さまざまな種類、価格帯のものがあるが、総じてどれも値段が高い。
これだって、私の給金の半年分はするだろう。
しかも見たところ最新型で高価格帯の逸品だ。
子どものダンス練習用に、こんな高いものを買えるなんて。
さすが救国の英雄。そこら辺の貴族よりもよっぽど裕福だわ――なんて思うのと同時に、イアンの教育のためなら出費を惜しまないアシュレイの熱心さもうかがい知れる。
俄然、やる気が出てきた――!
「これだけ整った環境なのですもの……。イアン様をクラス一、いや学校一のダンスマスターに育て上げてみせましょう!!」
腕まくりする私を見ながら「ダンスマスター? いや、そこまでじゃなくても」とアシュレイが小さくツッコミを入れてくる。
しかし、当の本人であるイアンが「ダンスマスターに僕はなる!!」と宣言したため、アシュレイは「うん、がんばれ」と言ったきり口をつぐんだ。
魔道蓄音機の電源ボタンを押すと、台座にはめこまれた魔道石が光り、録音保存されていた優雅な音色が流れ始める。
ワルツの調べを確認しながら私はイアンたちに向き直った。
「さて、イアン様。舞踏会で気をつけるべきことは、踊りだけじゃありません。会場に入った瞬間から、駆け引きが始まっているのです」
「つなひき?」
「綱引きじゃなくて駆け引きですよ。舞踏会とは、貴族の思惑に満ちた――まさに戦場! 物珍しそうにキョロキョロしたら一発でお上りさんだとバレるので、気をつけて下さいね」
「舞踏会は戦場。わかった。一発おのぼりさん、気をつける!」
イアンがキリッとした顔で頷く。左手にはメモ帳、右手にはペンを持っている。よほどダンスに誘いたい子がいるのだろう。やる気満々だ。
熱心にダンス講義を聴く六歳児の隣で、二十二歳成人男性がイマイチやる気なさそうなのが気になるが……。
まぁ、それはひとまず置いておくとしましょう。
「ダンスは男性から誘うのが一般的なマナーです。女性達は視線や仕草で『踊っても良いわよ』とアピールをしてきます。女性のささいな言動を観察して心を察するのが、一流の紳士です」
「はいっ、先生!」
「イアン生徒、良いお返事ですね」
メモを取り真剣に話を聞く幼い生徒に、私もにっこり。
一方、もう一人の生徒はというと――。
「アシュレイ様、こっそり逃げようとしても、そうはいきませんよ」
忍び足で脱走しようとしていたアシュレイが、ぎくりと足を止め振り返った。
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