第24話 うん。その顔、嘘ついてるね?
「企業秘密なんて冗談ですよ。別に特別なことは何も。イアン様のことを知りたいなと思って、お話しを聞いていただけなんです。自分の気持ちを話すのって結構、勇気がいることですから。それで打ち解けたのかもしれません」
両親は今も昔も、娘の話を全く聞かない人たちだった。そんな彼らの姿を見て育った私は、子どもの頃から思っていた。
――こんな大人にはならないぞ! と。
「私はイアン様のお話をしっかり聞くことで、少しでも気持ちに寄り添えたら良いな、と思っています」
「素敵です」
と、アシュレイが真顔で言った。
今までの塩対応から一転、急に褒められて驚いてしまう。
「えっ!?いえ、そんな! 至らない所もあるかと思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げると、目の前に手が差し出された。顔を上げると、いつもの爽やかポーカーフェイスのアシュレイと目が合う。
「こちらこそ。これから、よろしくお願いします」
「はい――!」
彼の大きな手を握り返し、私たちは契約成立の握手を交わした。
ここから人生リスタート。
侯爵令嬢をやめた私の新生活が幕を開けた――。
◇◇
一日が光の速さで過ぎ去っていく。
令嬢時代も淑女教育や習い事で忙しかったけれど、今はその比じゃないくらい時間の流れが速い。
勉強やマナー教育といった家庭教師の仕事に加えて、イアンの理解度に合わせた教材選び、学習計画の作成。分かりやすく教えるために、私自身の予習復習も欠かせない。
仕事ってつくづく大変……。と思いつつ、楽しんでいる自分もいる。
「ビッキーの授業おもしろい!」と言われれば、思わずガッツポーズしちゃうくらい嬉しいし、好奇心旺盛なイアンと一緒に新しいことを学ぶ瞬間は私もわくわくする。
これまでの人生の中で、一番充実しているのはいつですか?と聞かれれば、私は迷い無く『今です!』と答えるだろう。
それほど、ここでの生活は新鮮で楽しかった。
そうこうするうちに。
気付けば、住み込みの家庭教師を始めて一週間。
勉強部屋で国語のテキストに向かうイアンの隣で、私は学習計画表と睨めっこしていた。
イアンの始業式まで、残り一ヶ月弱かぁ……。
算数や理科などの得意科目は、進学校である貴族学園でも十分通用するレベル。
その一方で、国語や外国語などの苦手科目については、もう少しお勉強が必要だ。
さらに勉強だけでなく、上流階級の礼儀作法や話し方、ダンスの練習もしなきゃいけない。
とりあえず勉強は苦手科目を重点的に。マナーは日常生活の中で習慣化させるとして……。
計画表を見てあれこれ思案していると、横でイアンが「んん~」と
ペンを持ったまま難しい顔をしているが、目はテキストを素通りして、窓の外の雲に向けられている。
完全に集中力が切れているわね。
私は参考書にしおりを挟み、ぱたんと閉じた。
「イアン様、勉強は一旦お休みにして、休憩しましょうか」
「いいの?」
「焦っても良いことありませんからね。たまには、ぱーっと遊んで気分転換してから、また頑張りましょう!」
「やったー!」
「何をして遊びますか?」
「ダンス!」
「了解です! では行きましょうか」
ご機嫌なイアンと並んで廊下を歩いていると、正面からアシュレイがやってきた。
勤務中は一分の隙も無くかっちりと騎士服をまとっているが、休日は白シャツに黒いズボンというラフな服装で、髪も無造作に下ろしている。
こちらに気付いた彼が、おや? という顔をした。
「あれ、勉強はもう終わったんですか?」
「ちょっと息抜きにダンスの練習をしようと思って。そういえば、アシュレイ様はダンス、お得意ですか?」
「まぁ、そこそこ、ですね」
アシュレイがすいっと視線をそらす。
うん。キミ、嘘ついてるねぇ。その顔、絶対にダンス苦手だよねぇ。
バレないと思ったの? 残念ながら、お見通しよ?
冷静沈着で一見あまり表情が変わらないアシュレイだが、よく観察すると、割と表情豊かだったりする。
特に視線。嘘をつくときは大抵そらす。
前世女優だった私の観察眼からは逃れられないわよ――と思いながら、私はにっこりほほ笑んで提案した。
「アシュレイ様も一緒に練習しましょうか?」
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