第23話 キュートなあの子は、猫かぶりのワンパク怪獣!
目の前では、アシュレイがイアンの口元についた食べかすを拭きながら、お小言をいっていた。
「お前は一応、男爵家の子息になったんだから、もっと上品に食べよう」
「分かった。僕、パルミエひとくちで五枚たべられるけど、二枚にしとく」
「頼むから一枚ずつ食べなさい。喉に詰まるから」
「ラジャー!」
ビシッと敬礼して、お小言から逃れるように駆け出すイアン。
ドタドタと足音を響かせて廊下を走る姿は、どう頑張っても貴族のご子息には見えない。
やれやれといった様子で、アシュレイがため息をついた。
「あの野生児、一ヶ月で上品になれますかね」
「ええっと……」
どう答えるべきか悩む間にも、ドタドタ――ッと元気いっぱいに廊下を走り回る音が聞こえてくる。
「イアン様って、もっと大人しい子だと思っていたんですが……」
「割と人見知りなので、お客様の前で猫をかぶっているときは大人しくて良い子なんです。ですが、いったん心を開いた相手には……手のつけられないワンパク怪獣です」
「ワンパク怪獣……」
おもちゃ箱をひっくり返すような大きな音が、再び上階から聞こえてきた。
私は、超短期間でワンパク怪獣をお貴族風に出来るだろうか……。
はじめてのお仕事で、わりと高難易度ミッションでは??
「とりあえず、心を開いてもらえて良かったです。頑張ります。ははは……」
一抹の不安を覚えながらも、やるしかないと自分を奮い立たせる私だった。
◇◇
それから私はアシュレイの執務室で雇用契約書を取り交わすこととなった。
期間はとりあえず、イアンが新学期から貴族学校に転入して落ち着くまで。仕事内容、給与、勤務時間などは事前情報どおりで、福利厚生も充実している。
期間限定の仕事とはいえ、かなりの好待遇だ。
契約書に不備がないか最終チェックしていると、唐突に「それから、俺とイアンの関係ですが――」とアシュレイが話を切り出してきた。
「イアンは、世話になった先輩騎士の子どもなんです。彼は三年前に戦死してしまい、昨年、あの子の母親も心臓病で亡くなくなりました。最初は親戚の家で暮らしていましたが、孤児院に預けられることになってしまい……。俺がイアンを引きとることにしました」
明るく元気に振る舞うイアンに、そんな悲しい過去があったなんて……。
「もともとイアンは無邪気な子どもでしたが、母親を亡くしてからは、物分かりの良い大人びた言動をするようになりました。俺が引き取ってからは、今日みたいに泣いて駄々をこねるようなことは一度もなかったんです」
「そうだったのですね」
「貴方のことを、とても気に入ったみたいです。一体、イアンにどんな魔法をかけたんですか?」
冗談交じりに尋ねられたので、私もふふっと笑って「企業秘密です」と答えた。
「企業秘密か。それは残念。知りたかったな」
フランクな口調で言って、おどけたように少し肩をすくめてみせるアシュレイ。
戦勝記念パーティで会った時は、無口で無愛想だなぁと思ったけれど、プライベートでは案外フレンドリーなひとみたい。
これなら仕事もやりやすそう。
私はほっと胸をなで下ろし、緊張を解いた。
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