2章:ビクトリアの第二の人生
第22話 玉の輿狙いたくなるのも分かるわぁ…私はパスだけど!
採用が決まったあと、イアンの案内でお屋敷の中を見て回ることになった。
アシュレイは来客があって、今は席を外している。
「ここが、ビッキーの部屋だよ」
一番最初に案内されたのは私の部屋。日当たりも良く、フェネリー侯爵家の私室にも負けないくらい広々としている。
室内にはベッドに本棚、衣装ダンス、化粧台など、日常生活に必要な家具は一式揃っており、おまけにどれも一級品。
女性家庭教師たちが玉の輿を狙いたくなる気持ちも分かる。こんな豪華な部屋に案内されたら、ここの女主人になりたいという欲目も出るはずだわ。
「このお部屋は、他の先生が使っていたの?」
「ううん。ここに泊まったひとは、まだいないよ。アシュレイが怒ってみんな追い出したから」
ということは、派遣されてきた他の教師は一日と持たずクビにされたということね。
気をつけようと思うと同時に、そんな短時間であの冷静そうなアシュレイを怒らせるなんて、一体全体、みんなどんなやらかしをしたのか不思議……。
「二階は僕の勉強部屋と寝る部屋。アシュレイの仕事部屋と寝る部屋。それと、使ってない部屋がたくさん!」
元気いっぱいのイアンを先頭にお屋敷の中を歩き回る。
「あっちは大広間。こっちはリビングとご飯を食べる部屋。その奥がキッチンです!」
イアンが行く先々で他の使用人たちに『僕の先生になったビッキーだよ』と、紹介してくれるので私も挨拶をして回る。
キッチンのドアを開けると、ふんわりと甘い良い香りが漂ってきた。
「坊ちゃん、パルミエが焼けているよ。食べてみるかい?」と、シェフが聞いてくる。
「食べたい! あむっ。もぐもぐ……。こひら(こちら)は、きょふ(今日)から僕の。ごくっ。先生になる、ビッキーです」
イアンが、頬袋に餌を詰め込むリスのようにお菓子を口いっぱいに頬張りながら、シェフに私のことを紹介する。
「初めまして、ビクトリアです。どうぞよろしくお願いします」
「よろしく! さぁ先生も遠慮せず、どーぞ」
握手がわりに差し出された皿から、ハート型のパイ菓子をひとつ頂いて食べる。
子どもが食べやすいように一つ一つが小さめに作られているパイは、甘くサクッと軽い食感だ。
表面にまぶしてある砂糖がキャラメリゼされて、香ばしい風味が口いっぱいに広がる。
あまりの美味しさに、私は「う~ん、美味しい」と思ったまま感想を呟いた。するとシェフが嬉しそうに破顔する。
「へへっ。そんなに美味そうに食ってもらえたら、料理人冥利に尽きるってもんだぜ」
「お菓子、今日もおいしいよ!」
「そりゃあ嬉しいな。だが、さすがに坊ちゃんは食べ過ぎだ。夕飯入らなくなるから、これで終わりだぞ」
「えええっ~~~」
あと一個! と駄々をこねるイアンと、ダメ! と首を横に振るシェフ。
二人の賑やかなやり取りをほほ笑ましく眺めていると、アシュレイがキッチンにやって来た。
「お疲れさまです。お客様はお帰りになられたんですか?」
「ええ。手違いで女性を紹介してしまったと、紹介所の人たちが謝罪に来ました」
ミスしてしまった女性職員は、顔面蒼白になりながらアシュレイに頭を下げていたらしい。
手違いとはいえ、この仕事を紹介してくれた彼女のためにも、しっかり勤め上げなきゃ。
もういちど改めて「頑張りますので、よろしくお願いします」と畏まってお辞儀をすると、アシュレイもつられたように頭を下げた。
「こちらこそ、イアンをどうぞ宜しくお願いします。実は始業式まで一ヶ月しかないのですが、俺は生まれが庶民なのでマナーには自信がなくて。といっても、マナーだけじゃなく、子育て自体も上手くできているか不安ばかりですが」
アシュレイが表情を少しだけ緩め、優しい目でイアンの姿を眺める。
これまでの話から察するに、二人は本当の親子ではないみたい。何か事情がありそうだが、家庭教師になったばかりの私があれこれ聞くのもはばかれる。
いずれ必要があれば教えてもらえるでしょう、と余計な
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます