第18話 トラブル発生!どうか問題起さないでね!

 一方、ビクトリアが去った後の紹介所では――。


「ねぇ、もしかして、この家庭教師の案件、女性に紹介しちゃった!?」

 

「しましたけど……。えっ、駄目でした?」


「駄目よ! ほら、この備考欄見て!」


 ビクトリアを担当した職員が、先輩職員の手元にある書類をのぞき込む。


「えっと、なになに……えっ!?『女性不可』って、どうしてですか?」


「依頼人のアシュレイ・クラーク様は、こないだの戦争で活躍した騎士団長様よ。地位も名誉もあって、おまけにすこぶる美男だから、派遣された女性教師はみんな惚れしちゃって仕事にならないらしいわ」


 調べると、既に両手で収まらない人数の家庭教師が、一日と持たずクビになっている。


「この前なんか、お子様そっちのけでクラーク様に言い寄る女性教師もいたりして大変だったのよ」


「あわわわ……! あたしってば、そんなご家庭にビクトリアさんを紹介しちゃった。どどど、どうしましょう、先輩!?」


「まず一刻も早く上に報告して、クラーク様のご自宅へ謝罪に行くべきね。あと、ビクトリアさんには別案件を紹介しなきゃ」


「はい……」


 あぁ、ビクトリアさん。自分が謝罪に行くまで、どうか問題行動を起さないで下さいね、と女性職員は心の中で切に願うのだった。

 



◇◇


 

 新興貴族の屋敷が建ち並ぶ新市街の一角。

 

 目的地であるクラーク男爵邸は、想像以上に真新しく大きな屋敷だった。


 門番に訪問理由を告げると、すぐさま執事が出迎えにやってきて応接間へ通される。外観もすばらしく立派だったが、屋敷の中も広々としている。

 

 落ち着いた色合いのオシャレな内装、さりげなく置かれた高価な調度品。


 パッと見ただけでも、この屋敷の主人のセンスの良さと裕福さが十分よく分かった。

 

 

「旦那様を呼んで参りますので、少々お待ち下さい」


 執事が一礼して去り、部屋にひとり取り残された。


 ソファに腰掛けて待つ間に自然と緊張してきてしまった。大丈夫、大丈夫……と言い聞かせて、深呼吸を繰り返す。


 今世での就職面接は初めてだが、前世では数多くのオーディションに挑んできた私。


 これくらいの緊張、はね除けて合格してやろうじゃないの――!


 心を奮い立たせて、頭の中で面接の想定問答を組み立てていると、数分もしないうちにコンコンと扉がノックされた。


 溌剌とした声で「はい!」と返事をして立ち上がる。


「お茶をお持ちしました。失礼致します」と言って入ってきたのは、朗らかそうな年配のメイドだった。


 さらにその後ろから、可愛いらしい男の子がひょこっと顔を覗かせる。


 少年は私の向いのソファに腰を下ろすと、メイドがテーブルにお茶を置くと同時に声を掛けてきた。


「そ茶です、どうぞ。口にあうと良いのですが」


 多分、粗茶の意味は分かっていないのだろう。

 おませな顔した少年がたどたどしい口調でお茶を勧めてきた。

 

 ほほ笑ましい気持ちになりながら私は再びソファに座り、「頂きます」と告げて紅茶に口をつけた。

 


「とても美味しいです。おかげさまで緊張がほぐれました。ありがとうございます」


 お礼を言うと、男の子は口をきゅっと引き結んで、照れくさそうにはにかんだ。

 

 ふわふわの淡い茶髪に大きな青い瞳。眉上で短く切りそろえられたパッツン前髪。

 お澄まし顔と大人びた口調が愛らしい少年だ。

 

 この子が、貴族学校に通う予定だというクラーク家のお子さんかしら?


 紹介状を見たときから不思議に思っていたのだが、たしかアシュレイは独身未婚のはず。


 救国の英雄に息子がいるという話も聞いたことがないわ。


 ……なにかワケありなのかも。


 私の勘がそう告げていた。

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