第14話 魔法が解けたシンデレラの気分!

「少々、出過ぎた真似をしてしまったようです」


「そんな、とんでもありません! クラーク様が助けて下さらなければ、父に階段から突き落とされていました」


「フェネリー侯爵は日頃から、あのような振る舞いを?」


 ええ、そりゃあもう。毎日暴言祭りで大変なんですよ、と言いたい所だが、私は明日には家を出る身。


 今さら父の横柄な態度を騎士に密告して、面倒事に発展するのはごめんだ。

 

 私は微笑を浮かべて当たり障りのなく返答した。

 

「父は激情家なところがありますが、暴力を振るうことはないんです。明日には落ち着くと思いますので」


「不安なことがあれば、騎士団に連絡を」


「ご心配ありがとうございます」


 そんなやりとりをしている間に、馬車の前に到着した。

 

 そっと地面に下ろされた私は、お淑やかにお辞儀する。


「今日は助けて頂き、本当にありがとうございました」


「道中、気をつけて。それでは」


 役目は終えたとばかりに、さっさと立ち去っていくアシュレイ。

 

 塩対応の騎士は、やはり去り際まで塩っぱかった。

 

 お姫様だっこの後だというのに、なんてあっさりした別れだろう。


 もっとこう……甘い雰囲気とまではいかなくても、『足、大丈夫ですか?』とか『お気になさらず』とか、言葉のキャッチボールを楽しんでくれても良いのでは?


 まぁ、あんな美形に抱っこされるなんて今後一生ないだろうから。良い経験になったわ。


 

 風のごとく去りゆく彼の背中を眺めていると、馬車の中から「ビクトリア、早く乗れ」という父の怒鳴り声が聞こえてきた。


 プリンセスになったかのような夢見心地が一瞬にして霧散する。


 現実に引き戻してくれてどうもありがとう――と心の中で父に皮肉を言いながら、私は御者の手を借りて馬車に乗り込んだ。


 

 屋敷までの帰り道、父は怒りが治まらないらしく、ずっと怒鳴り散らしていた。


 私はしゅんとした顔でうなだれていたが、実際はすべて右から左へ聞き流していたから、父が何を言っているのかひとつも覚えていない。

 

 社交界を去る前に、救国の英雄と話が出来て良かった。


 偶然の出会いと命拾いした幸運を噛み締めながら、私は心地よい馬車の揺れに身を任せた。


 

◇◇

 


 案の定、帰宅してからも両親は大変ご立腹だった。


 延々と説教され、解放される頃には日付が変わっていた。


 就寝前に一応「お休みなさいませ」と声をかけてみたが、ふたり揃ってこちらを見もしない。


 無視は両親の常套手段。言うことを聞かない時、思いどおりにならない時、彼らはいつも私を透明人間のように扱うのだ。


 今までは両親に嫌われるのを恐れて、彼らの望むように動き、必死にご機嫌を取ってきた。

 

 捨てられたくなかった。愛されたかった。

 

 でも、どんなに頑張っても両親は満足しない。ひとつ願いを叶えれば、二つ三つと要求してくる。


 彼らが私に向けてくる『期待』という名の願望は、底なし沼のように際限が無いのだ。


 抜け出せない沼に嵌まった人は、いつか衰弱して死に至る。

 

 そうなる前に、フェネリー侯爵家という泥沼から這い上がらなきゃ――。

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