第13話 こんな展開……思ってたんと違う!

 アシュレイは父を見すえて、丁寧ながらも毅然と告げた。


「一歩間違えれば、大惨事になるところでした。お気をつけて下さいフェネリー侯爵閣下」

 

「娘を助けてくれたことは一応感謝しておくよ。悪いが我々は先を急いでいる。これで失礼するよ。ほらビクトリア、行くぞ」


 父が再び私の方に手を伸ばしてきた。捕まるもんかと逃げようとした途端、ぐきりと右足に痛みが走る。どうやらヒールが折れた時にくじいてしまったらしい。


 こんな足で引っ張られたら、それこそ自殺行為。今度こそ転落死バッドエンド一直線だ。


 怪我のことを告げようと口を開きかけた時、父の目の前にアシュレイが立ちはだかった。

 

 純白の騎士服をまとった広い背中が、私の視界いっぱいに広がる。


「な、何だね、君は。そこを退きなさい」


「それは出来かねます」


「はぁ?」

 

「そちらのご令嬢は足を痛めているようにお見受けします。このまま階段を引きずり下ろすのは、いかがなものかと」


「怪我だって?」


 父が面倒くさそうな顔で「そうなのか」と私に問うてくる。素直に頷くと、盛大にため息をつかれた。

 

「足首をひねってしまったみたいです」


「お前はどこまで鈍くさいんだ。おい、歩けるよな?」


 痛めた片足を一歩前に踏み出し体重をかけてみる。すぐさまズキンと痛みが走り私は顔を歪めた。


「なんだ、全く!……仕方ないな。じゃあそこの君、馬車まで娘を運んでくれ。これは命令だ」


 まるでホテルのベルボーイに荷物を運ばせるような言い方だ。


 いくら我が家が高位貴族家だからって、救国の英雄に上から目線で命令するなんて失礼じゃないの。


 というか、そもそも私は荷物じゃないわ!


 抗議しようとする私を遮って「おい、早くしないか。私は急いでいるんだ!」と父が怒鳴った。

 

「かしこまりました。それでは、失礼致します」


 言葉と同時に、隣に立っていたアシュレイがひょいと私をお姫様抱っこした。そして軽やかな足取りで階段を下りていく。


 これが前世のドラマか少女漫画であれば、女性がすかさず『あの重くないですか……?』と上目遣いに尋ねるべきシーンだ。


 そして相手役の男性が『いいえ全く。あなたはまるで羽のように軽いですね』(白い歯キラリ王子スマイル)と答えるのが王道展開。


 ……なのだが、現実はそんなに甘くない。

 

 見上げたアシュレイは、まさに『虚無』といった感じの顔をしていた。

 

 無口、無表情、無感情。あと無気力。

 

 白い歯キラリの王子様スマイルもなければ、気安く話しかけられる雰囲気でもない。


 たぶん『重くないですか?』と尋ねたら『そりゃあ、まぁ。そこそこは重いですね』とすっぱり言い返されそうな感じ。


 彼の全身から『命令されたからやっている』感がにじみ出ていた。

 

 塩対応って、こういうことなんだぁと私は身にしみて実感していた。

 

 くぅ、こんなイケメンに抱っこされているのに、胸キュンどころか、居心地が悪くて胃がキュンと痛むなんてぇ……。


 こんな展開……思ってたんと違う!

 

 心の中で涙を流しつつ、運ばれている間は特にすることもないので、私は大人しく荷物役に徹した。

 

 間近で見るアシュレイは想像以上に美形で、騎士なのに肌がとても綺麗だった。


 品のあるポーカーフェイス、良い香りをまとった爽やかな彼は『キラキラ』オーラが半端ない。

 

 こんなイケメン、芸能界でも滅多にお目にかかれないわ。


 日頃どんなケアしてるんだろう? とか、いい匂いがするけど何の香水かしら? とか。ひたすら興味が尽きない。


 じっと眺めていたせいか、これまで無表情だった彼が、少し気まずそうな顔で口を開いた。

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