第12話 またもや階段落ちバッドエンド!?

 一方、オスカーに未練たらしい恋情を向けられ、エリザにお門違いな恨みを抱かれている事など知るよしもないビクトリアは、広間を出てひとけのない廊下を歩いていた。


 

◇◇ 

 

 周囲を見渡し、廊下に誰もいないのを確認した私は、思わず「よしっ!」とガッツポーズした。

 

 や、やり切った~~~~!


 わきあがる開放感と達成感で、人目がないのを良いことに、ルンルンご機嫌に鼻歌をうたって軽やかなスキップまでしちゃう。


 あんなにきっちり謝ったんだもの、これ以上だれも文句は言えないでしょう。


 晴れて私は、オスカーとエリザの恋路を邪魔する悪役ポジションから脱却しました!

 めでたし、めでたし。


 面倒な関係を綺麗さっぱり清算して、『自由だぁ~~!』と浮かれていられたのも束の間――。


 

「ビクトリア!! 貴様ッ」


 鬼の形相で近付いてくる父親に私は思わず「げげっ」と呟いた。


「何度私に恥をかかせれば気が済むんだ、この馬鹿娘が! 用意した台本すら覚えられんのか! もういい、帰るぞ」


「ちょっ、お父様っ! そんなにグイグイ引っ張らないで下さいませ! 私、ドレスとヒールだから歩きにくいんですってば!」


「うるさい! いいから来い!」


 父が私の手首をつかみ歩き出した。


 踵の高い靴を履いているせいで足元が覚束ない上に、グイグイ力任せに引っ張られ、歩き難いことこの上ない。

 

「ぐずぐずするな――! 」

 

「ひとりで歩けますので、手を離して下さい」

 

「そう言って逃げるつもりだろう。お前のことは信用ならん」

 

 横柄な父の言葉に呆れたため息をつきながら歩いていると、ちょうど玄関ホールの下り階段にさしかかった。


 さすがにこの体勢のまま階段を下りるのは怖い。


 つかまれた手首を振り払おうとする私の意図を察したのか、父が離すまいとして思いっきり引っ張った。


 その瞬間、ハイヒールの踵がボキリと折れた。


 まずっ――と、思うのと同時に前のめりにバランスを崩す。


 前方にあるのが平坦な床なら良かった。だが無情にも目の前にあるのは、歩道橋にも負けないほど傾斜のきつい大階段。

 

 体がふわりと浮き上がる。

 景色がやけにスローモーションで見えた。


 

 やばい、またか……。

 あぁ私ってば、結局こういう形で死ぬのか――。

 

 

 諦めの境地で死を覚悟したその時、腰に手が回され、ぐいっと後ろに引っ張り上げられた。それまで宙に浮いていた両足がしっかり地面に着地する。


 あやうく再び転落死するところだった……。


 込み上げる恐怖心とパニックで、後ろから誰かに抱きしめられた体勢のまま、私はしばし放心状態で固まった。


 

 ――私……ちゃんと生きてるんだよね……。



 バクバクと心臓が脈打つ。胸を押えてぼうっとしている私の背後から「大丈夫ですか」という男性の声が聞こえてきた。


「は、はい。ありがとう、ございます。大丈夫です」


 後ろを振り返り礼を言った私は、見覚えのある相手の姿にひっそり驚いていた。

 

 私の命の恩人は、爽やかに整えられたヘーゼルブラウンの髪と、ちょっと見ないくらい整った顔立ちの騎士。凱旋パレードで話題に上っていたアシュレイ・クラーク騎士団長だった。

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