第11話 私を抱いた『責任』とってよね?

「エリザ、頼むよ。君は将来、王室の一員として公務をしなければならない。今日以上に大変な式典だって沢山ある。これくらい堪えてくれ」


「えぇ。オスカー様、言っていたじゃないですか。『エリザが笑っていてくれれば、僕も幸せだ。仏頂面のビクトリアより、明るくて無邪気な君が好きだ』って。辛い公務なんてしたら、私、笑えなくなっちゃいますっ!」


 ああ言えば、こう言う……。

 オスカーは拳をぐっと握りしめ怒りを抑えた。



 確かにビクトリアは可愛げのない女だった。

 

 強気で堅物な性格も、美人だが圧の凄い容姿も好みじゃない。


 だいたい、何なんだあの縦ロール髪は。いくら王室の伝統的な髪型とはいえ、今の時代にあれはダサすぎる。


 それとなく『ビクトリア、違う髪型にしてみたらどうだい?』と言ってみたことがある。


 だが彼女は『王室の一員になるのですから、伝統を守らなければ』と言って、かたくなに譲らなかった。頑固で真面目すぎる女なのだ。


 オスカーは、ビクトリアのその生真面目さがずっと苦手だった。


 教養、知識、礼儀作法だって、オスカーの立つ瀬がないほど完璧。


 貴方に頼らずともやっていけますという自立した彼女の姿を見るたび、男としてのプライドが傷つけられた。

 

 ビクトリアと一緒にいると息が詰まる。

 

 一方、エリザと居るときは楽しかったのに……。


「もうっ、上の空になるのはやめて下さいませっ! ビクトリアより、私のことが好きなんでしょう? ねぇ、ちゃんと好きって言って!」


 子供のように駄々をこねるエリザを見ながら、オスカーは思った。


 

 ――僕は選ぶ方を間違えたかもしれない、と。


 

 額に手を当て目を閉じると、まぶたの裏に浮かんだのは、先程ビクトリアが見せた美しいほほ笑みだった。


『オスカー様、どうかエリザさんとお幸せに』


 悲しみを堪えてオスカーの幸せを願うビクトリアのなんと健気なことか。


 

 ――あれが、彼女の本来の姿だったのかもしれない。


 真面目で面白みがないと思っていたが、王室の一員になるために相当な無理をしていたのだろう……。


 自分から捨てたというのに、今さらながら彼女が恋しくて仕方ない。


 

 ――謝ったら、ビクトリアは許してくれるだろうか。

 

 

「オスカー様。私を抱いた責任、ちゃんと取ってくださいね」


 

 ビクトリアに傾きかけているオスカーの内心を見計らったように、エリザが耳元で囁いた。目を細めて口角をにぃっと上げる彼女は、愛らしいを通り越して恐ろしい。

 


「純潔を奪っておいて今さら捨てるなんて……そんな無責任なこと、しない方だと信じておりますわ。それにあなただって、二回も婚約破棄するのは外聞が悪いでしょう?」

 

「……っ。分かっているよ」


「ふふっ、そんなに怖い顔しないで。エリザはオスカー様がだぁいすきっ!」


 脅しめいた事を言った口で、次の瞬間には愛を囁く。


 ――この女はまさしく、悪女だ。

 

 

 すべては、あの夜。

 エリザを抱いてしまった瞬間から歯車が狂い始めた。


 ちょうどその日は、オスカーの誕生日。


 勇気を出してビクトリアにキスしようとしたのに、真顔で『婚前交渉は致しません』と拒否されたことで精神的に参っていた。


 そんな時、タイミングよくエリザが現れた。


 当時は運命だと思ったが、今なら分かる。あれは偶然ではなく必然。


 エリザはオスカーの傷心につけこむため、虎視眈々と機会を窺っていたのだ。

 

 天真爛漫を装ったエリザの誘惑に負け、オスカーは衝動的に肌を重ねてしまった。

 

 それから幾度となくエリザとの逢瀬を重ね、坂道を転げ落ちるようにのめり込んでいった。


 エリザはオスカーのどんな要求にも喜んで応じてくれた。正直、都合の良い女だと思ったのだ。

 

 融通の聞かないビクトリアを捨てて、何でも言うことを聞く私を選んで?――というエリザの甘美な提案にオスカーは乗った。


 ――僕はエリザのいいように操られていたんだ……。

 

 一時の快楽と衝動に身を任せた自分の愚かさに、オスカーは打ちのめされていた。


 

 だからこの瞬間、隣のエリザが呟いた言葉を聞き逃してしまった――。

 

「まだ私の邪魔をするつもり? ビクトリア。あなたって本当に、嫌な女。この泥棒猫」

 

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