第9話 この最低サイアク浮気男~!!!

 視線をあげると、オスカーとエリザが面白がるような顔でこちらを見下ろしていた。


「話したまえ」

 

「殿下の寛大なお心に感謝いたします。それでは恐れながら申し上げます。エリザ様への無礼な行いは全てうちの侍女が勝手にしたこと。私は一切、あずかり知らぬことでした」


「ありえな~い! この期に及んでまだ嘘をつくの? 侍女さんに責任を押しつけるなんて、あまりにもひど」


「――というのは、私の父が用意した言い訳です。ここからは、私自身の言葉で語らせて頂きます」


 エリザの言葉を遮って、私は毅然と言い放った。


 後ろから父の「おい、ビクトリア!」という囁きが聞こえるが無視する。

 

 

 私はうつむきがちだった顔を上げると、目の前の二人をまっすぐ見すえた。

 

 

 オスカー、エリザ。

 私の姿をしっかりその目に焼き付けなさい。

 

 これが、貴方たちの身勝手な恋路に振り回され、悪者に仕立て上げられた令嬢ビクトリアの最後の舞台。

 

 華々しく咲いて、美しく去ってやりますわ――!




 まず最初に、私はエリザに視線を向けた。


「エリザさん、私は貴方に意地悪をしたつもりはありませんでした。ですが、オスカー様との親密な様子に腹が立ち、不快に思っていたことも事実です。強い口調で傷つけてしまい……ごめんなさい」


 真摯な謝罪を述べたあと、私は深々と頭を下げた。途端、周囲でどよめきが起こる。


「あの気位の高いビクトリア様が頭を下げたぞ……」


「侯爵令嬢が下級貴族令嬢に謝罪するなんて、前代未聞よ」


「婚約者を奪った相手に謝るなんて、まさに大人の対応ね」


 様々なヒソヒソ声が耳に届く。


 みな、私の行動に驚いている。


 本音を言えば、自分の婚約者を横取りした女になんか謝罪したくない。


 そもそも私は虐めていないし、なんなら被害者はこちらの方だわ――!


 そう思う反面、ちょっと言い方がきつかったかな……と反省する部分もあるのだ。


 何せ私は『使用人の替わりなどいくらでもいる』と平気で言ってしまえる父の娘。

 

 もしかしたら無意識に、エリザを見下すような態度をとっていたのかもしれない。


 謝るのはしゃくだけど……勝手なイメージで悪女のレッテルを貼られ、ひとから不当に憎まれ殺されるのはもうごめんなの。


 今世を穏やかに生きるためには、恨みの芽は出来るかぎり摘んでおかなきゃ――。


 

 顔を上げると、エリザが信じられないものを見るような目でこちらを眺めていた。

 

 そりゃそうよね。


 まさか、自分が奪い取った男の元婚約者に謝罪されるなんて、想像もしなかったでしょうよ。


 戸惑った様子のエリザを見て、少しだけ胸がすっとした。


 よし、次だ――と、今度はオスカーに向き直る。


 彼もエリザ同様、困惑の表情を浮かべていた。


「オスカー様」


「なっ、なんだ」


 私は一旦言葉を切り、目を伏せて気持ちを整えた。


 はっきり言うと『滅んでしまえッ! この、最低サイアク浮気男~~!』と怒鳴ってやりたい気分でいっぱいだ。


 なんなら言葉が喉まで出かかっている。


 だいたい、私のような顔と性格のキツい女がタイプじゃないなら、最初から婚約しなければ良かったのに。


 百歩譲ってエリザに心移りしたのは許しましょう。


 でもそれなら、公衆の面前で一方的に婚約破棄などせず、秘密裏に話し合い、円満かつ綺麗に関係を清算するのが礼儀でしょう。


 正直、超ムカつく!

 

 でも今だけはぐっと堪えて、私は悪女顔に精一杯しおらしい表情を浮かべた。

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