第8話 オスカーってば、ゆるふわ女子が好きだったのね??

 歓声の中、パレードが一定のスピードで進む。


 例の美形騎士が、ちょうど私の目の前を横切った。

 

 アシュレイ・クラーク。

 最年少22歳で第一騎士団の隊長に抜擢された救国の英雄。

 

 細マッチョ高身長の超絶イケメン。横顔すら麗しい。

 

 容姿端麗で実力もあるエリート騎士となれば、女性にモテますわねぇ――と、私は思わず冷静に分析してしまった。


 はっ……! 駄目だわ。前世を思い出してからというもの、ついつい『アシュレイは髪型を変えたらもっとお洒落になるのに』とか余計なこと考えちゃう。

 

 女優という職業柄、前世の私は他人の仕草や外見を分析したり、セルフブランディングすることに余念がなかったらしい。


 人間観察とプロデュース癖が魂にまですり込まれているんだわ……。

 

 

「ふん、何が英雄だ。所詮は、腕っぷしが強いだけの平民騎士だろう?」


 近くに立っていた男性が、馬鹿にしたように吐き捨てた。身なりからして、そこそこ身分の高い貴族のようだ。


 僕は嫉妬なんてしてませんよ~的な雰囲気を漂わせているが、やっかみなのはバレバレ。


 あなた、この場でその発言はやめた方がよろしくてよ。

 ファンにお仕置きされちゃうわよ。


 私の心の声は伝わるはずもなく、彼はペラペラ喋り始める。


「若いうちは戦いに出られるからいいが、老いた騎士の末路は悲惨だぞ。爵位も領土もなく、稼ぐことも出来ない。そんな男に嫁ぐ女は悲惨――いでででで!」


 話の途中で、男が急に悲鳴をあげた。

 

 まさか本当にファンにお仕置きされた!?


 驚いて様子を伺うと、男性は片足を令嬢に思いっきり踏みつけられていた。


「お兄様、見苦しい真似はお止めになって。あと、ご存じないの? 今度の戦勝記念パーティで、アシュレイ様には男爵位と領土が与えられるのよ。家だって凄いんだから! 新しくて立派なお屋敷が与えられて、既にご家族はお引越しされたって聞いたわ」


「お前、詳しいな。まぁ、男爵など、取るに足らない下級貴族さ。……だっ、だから、痛いから! 僕の足を踏むのをやめてくれよっ!」


「あら、ごめんあそばせ」


 半泣きになる兄と、澄まし顔の妹。これ以上ここに居たら、見知らぬ兄妹の掛け合いに笑ってしまいそう。


 吹き出しそうになるのを堪えて、私は人混みをかき分け馬車へと戻った。


◇◇



 それから私は両親に内緒で着々と準備を整え、ついに戦勝記念パーティ当日を迎えた。


 各地から名だたる貴族や著名人が集結し、王室からは国王陛下と王妃殿下、公務で不在の第一王子のかわりに第二王子のオスカーが出席した。


 式典ではまず、国王陛下による騎士への褒賞授与が行われ、予定通りアシュレイには爵位と領土が与えられた。


 授与式のあと、陛下と妃殿下は公務のため退席。

 

「今宵は存分に楽しんでくれ」というオスカーの言葉を合図に、パーティは半ば無礼講となった。


 隣にいた父が「行くぞ」と私の腕を掴み、オスカーの目の前まで歩み出る。

 

 途端、会場内が静寂に包まれた。


 賑やかに雑談していた貴族たちが一斉に口をつぐみ、こちらを遠巻きに見つめる。

 

 面白がるような視線が全身に突き刺さる。


 まるで見世物小屋の珍獣になった気分だ。

 

 ……あぁ、居たたまれない、胃が痛い。


 

「オスカー殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます」

 

「フェネリー卿。貴殿らには謁見禁止を言い渡したはずだ」


「先日は、娘が大変な無礼を働きましたこと、お詫びのしようもございません。しかし一部誤解がありましたことを、この場でお伝えさせて頂きたく参上いたしました」


「誤解?」


 オスカーが器用に片眉を上げる。


 金の刺繍が施された豪奢ごうしゃな夜会服を身にまとい、茶色の髪を後ろに撫でつけた彼は、王子然としておりそこそこ格好良い……はず。


 なのに私の目には、何故かとてつもなく残念に見えた。


 愛がないからだろうか。それとも、先程までアシュレイの麗しいお顔を見ていたからだろうか。


 とにかく、私はこう思った。


 

 ――――絶対に、この人とだけは復縁したくないッ!、と。


 

「ふむ。どんな誤解があれ、可愛いエリザを傷つけた君たちを、僕は許す気はないよ」

 

「毅然としたオスカー様、格好いいですわ!」


 甘ったるい声を上げたのは、彼の隣に座るエリザだ。今日は宮廷侍女の給仕服ではなく、華やかなピンク色のドレスを着ている。


 正装した彼女は可愛らしかった。

 

 気の強そうな私とは正反対の、儚げな容姿とふんわりした雰囲気。

 

 いわゆる、ゆるふわ女子。


 こういう小動物みたいな子がオスカーの好みだったのねぇ……と、いつもの癖でやけに冷静に分析してしまった。


 

「まぁ、いいだろう。ビクトリア。君の弁明を聞いてやろうじゃないか」


「殿下の寛大なお心に感謝致します」


 そう言って、父が振り返って私を見た。ギョロリと血走った目が『余計なこと言うんじゃないぞ』と無言で訴えかけてくる。


 私は目を伏せ、しおらしい態度で御前へ出た。



 ――ここが正念場。


 私が私らしく生きるために、まずはこの面倒な関係に終止符を打ちましょう。

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